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2013年9月16日月曜日

ポーランドの全国紙Rzeczpospolita とのインタビュー

English


ポーランドの全国紙 Rzeczpospolitaに掲載された、ラファウ・ブレハッチのインタビューです。アルバム「ショパン・ポロネーズ集」がポーランドでリリースになった9月10日の前日の公開でした。

オリジナルのインタビュー

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ラファウ・ブレハッチの新しいCDが明日発売になる。彼は成熟した大人になった、とヤツェク・マルチンスキーは言う。

ブレハッチの新譜は、ショパン音楽の系譜にある。彼は1835年から1846にかけてショパンが作曲した7つのポロネーズを録音した。非常に有名で不滅の名曲であるイ長調と変イ長調のポロネーズも入っている。

―そのとおりです。とラファウ・ブレハッチは言う。
―しかし、ショパンのポロネーズの録音はあまり多くありません。例えばアルトゥール・ルービンシュタインは3度録音しています。最後のものはたしか1967年でした。ドイツ・グラモフォンのカタログには、マウリツィオ・ポリーニの録音しか残っていません。37年前の録音です。

今回のアルバムは、ブレハッチがドイツ・グラモフォンからリリースする3枚めのショパンのアルバムになる。

―この選曲に驚く人はいないでしょうね。と彼は認める。
―私はショパンコンクールで優勝したピアニストですから。ショパンの音楽から10年や15年くらい離れてもいいのでは、という意見もたしかにあります。そのあと戻ればいいと。でもそれは自然ではありません。ショパンは私の人生にいつも存在しているし、リサイタルでもバッハ、ベートーベン、シマノフスキの曲とともにショパンの曲をよく弾いています。

コンクールについては、むろん記憶はしているが、思い出に浸る時間はないという。
―将来の計画に向けて、レパートリーを広げることに集中していますから。と付け加える。
また、コンクールでの優勝にともなう様々な義務から解放されるには7年かかる、と、かつてクリスティアン・ツィメルマンが述べたが、そのとおりだと認める。


―この時期が過ぎて、音楽家としての生活は、様々なレパートリーや様式を見せるための演奏会活動や、理論に基づくキャリアから成っているのだという感覚が、実感できました。とブレハッチは言う。

また、彼は以前からみて極端に(物議をかもすほどに)演奏の仕方が変わったようなことはないと言う。たしかにそう見える。

―ポロネーズはあくまでもポロネーズです。また、私はいつも作曲家の意図を守るようにしてきましたし、それは今も変わっていません。私は演奏家で、演奏家にとって一番大切なのは、作曲家が書いたものです。解釈の自由を幾分残してくれていることはありますが。演奏家は、音楽作品に作曲家が書き残した普遍的な美に直面すると、自分の小さな美とか個人的感情とかを組み入れるのが非常に困難に感じます。もちろん、そういうことも不可能ではありませんが、私が選んだやり方は、そういう弾き方ではありません。

私にとって最大のインスピレーションは作品そのものと、作曲家に対する尊敬の思いです。そこから解釈のためのアイディアを全部引き出します。これは時には時間がかかってしまいますが、こうすることで、一時的な思いつきなどでなく、作品そのものが源泉となるような、独創的で機能する答えを見つけることができるのです。

ポロネーズは長く彼のレパートリーに入っていたが、録音を作るまでには時間がかかった。アイディアが生まれたのは2010年だったが、結局、スタジオに入るために3年もかかったことになる。彼は、異なった音響状態のの様々なステージで各ポロネーズを錬る必要があった。最も重要だったのは、曲に関する歴史を正しく伝えたかったのだ。

--歴史の勉強を全然していなかったとしたら、ミツキエヴィッチ、ノルヴィト、シェンキエヴィッチの本を読んでいなかったとしたら、これらの作品の解釈は全く異なっていたと思います。ポロネーズ嬰ヘ短調では、中間部の前の部分で、私に見えるのは行進する兵士たちです。その後、短い思い出・内省があって、突然のフォルテです。いつもここは、兵士の縦隊が突然自分の目の前に現れたかのように演奏します。その後は弱音ですが、エネルギーは失わないように、軍が撤退するような印象をつくるようにしています。ポーランドをルーツとしない演奏家にはポロネーズやマズルカは演奏できない、とは言いたくありません。しかし、これは私たちの国家精神でもあります。私はこういう音楽に、ポーランドの遺産を見ることができます。

彼は、幻想ポロネーズには特別の思い出が多くある。

―随分早い時期から、2006年に弾き始めました。日本ツアーのことを覚えています。リサイタルが12回あって、演奏するごとにこの曲が自分に近く感じられるようになりました。ステージでの経験を経ずに、こんな並外れた曲を弾くことはできません。スタジオでは、演奏会の雰囲気はつくれません。会場が静まり返って、聴衆がこの音楽の世界に入ってくるのを感じることがありました。私の解釈が正しい方向を向いているからだ、と確信できました。


数年前、彼は音楽以外の情熱の対象を見つけた。哲学だ。トルンにあるニコラウス・コペルニクス大学で勉強を始めた。

―最近、音楽作品の論理と、演奏にとっての論理の重要性に関する小論文を書きました。ロマン・インガルデンやドイツの哲学者・音楽学専門家の理論に基づいたものです、と彼は言う。

―この文章は、Ruch Filozoficzny (Philosophical Movement;コペルニクス大学の哲学研究所が監修する、四半期に一度の学術誌) に掲載されます。私にとって参考になる、学問的な方法といえます。マズルかやポロネーズの論理面に焦点をあててみると、自分がピアノでやっていることを、別の観点からながめることができます。

学問的に探求していくと、アーチストとしての自発性が損なわれるのでは、との質問に、彼は答えてくれた。


―それに関しては、もうひとつの私の仕事になります。つまり書く事です。(解釈の)自由というのは、計画できるようなものではありません。音楽作品を書くと、定義されない場所がいくつも残りますが、そのことは、インガルデンが文章で説明しています。しかし、演奏会の間に、それ以上の現象が、形而上的なことが起こることがあります。ある時点で、何か、全く予期していなかったことを経験するのです。芸術の中でそういうことが起こると、最後まで説明がつかないことがあります。しかし、それはある程度、記述することができる。それに対応しようというのが私の仕事です。


学術的探求と演奏活動の融合。必ずしも簡単ではなさそうだ。
(そして、この秋以降の彼の忙しい演奏会の予定を列挙。)

―自分について、成熟したピアニストだと言うなら、うぬぼれに聞こえるでしょう。確かに、ショパンコンクールで優勝した時よりは、経験を積んでいます。しかし、当時の演奏も、「まったく青かった」わけではありません。しかし、いろいろな会場や状況のなかで作品を演奏することで、解釈の新しいアイディアを深めていく勇気を得ることができました。それを、今回のアルバムでも聴いていただければうれしいです。

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哲学の論文を書いて学術誌に掲載される話題は、ジャパンアーツさんのインタビューでも語っていましたね。
そういえば、あのインタビューに出てきた哲学者ヴワディスワフ・タタルキエヴィッチについては、2007年の来日パンフに掲載されたインタビューでも語っていたと記憶しています。また、ブログのこのドイツのインタビューにも、その名が登場しました。

私は、この演奏家の形而上的な(霊的な、神がかっている)部分ににおそらく惹かれて、演奏を熱心に聴き始めた者です。その部分をご本人が文章で説明する、ということであれば、大変興味があります。

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ヤツェク・マルチンスキーは、前のアルバム「ドビュッシー・シマノフスキ」のリリース時にも、インタビューにこたえています。よくまとまった良いインタビューで、印象に残っています。

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いつも申しているとおり、私はポーランド語はまったくのしろうとです。誤訳の指摘・改善の提案があったら、ぜひお知らせいただければ、幸いです。