Preludia - Unofficial website for Rafal Blechacz

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2012年9月29日土曜日

新シーズンの幕開け

9月28日、ラファウ・ブレハッチはマインツのフランクフルターホフリサイタルを開き、新シーズンの演奏活動を開始しました。バッハ、ベートーベン、ドビュッシー、シマノフスキのプログラム。

「今晩ラファウは、マインツのフランクフルターホフで新シーズンを開始した。素晴らしいリサイタルだった。聴衆からとても温かく受け入れられ、最後には爆発的で熱烈な喝采と叫び声が起きた。ラファウはアンコールを2曲演奏した。」
(R.F.)

*****
さて、リサイタルの翌日9月29日は(日本ではもう今日!)、ポーランドでは大天使ラファエル、ラファウの守護聖人のお祝いの日、いわゆる名前の日です。

Alles Gute zum Namenstag!! = All the Best on Name Day! = 名前の日、おめでとうございます。
(ドイツの演奏会なのでドイツ語 :D)


clickで封筒が開きます。


2012年9月26日水曜日

CD ドビュッシー・シマノフスキ、ようやくアメリカで9月25日発売

米国の公共放送NPRのウェブサイトに公開されたCDレビュー
フーガの音源付き。
by Tom Huizenga

Another solid album from Polish pianist Rafał Blechacz shows he's an artist of distinction.

(quote)
2005年のショパンコンクールで全ての賞を独占した時、ポーランド人のラファウ・ブレハッチはまだ20歳だった。彼の優位性が余りにも明らかだったため、審査員は第2位の授与を拒否した。

しかし、ピアノコンクールでは、セレモニーが終わり騒動が落ち着くと、偉大さで語られるような立場になる者は少数で、多くは、比較的無名な位置に転落していく。ヴァン・クライバーン、ラドゥ・ルプー、ウラディーミル・アシュケナージ、彼らは皆大きなコンクールで名誉を手に入れた。しかし、ラルフ・ヴォタペク、シモーネ・ペドローニ、ウラジミール・クライネフもそうだったのだ――有名人とは必ずしもいえまい。

ドビュッシーとカロル・シマノフスキの曲から成る、心を揺さぶるようなアルバムを出したブレハッチは、真に記憶に残るピアニストとなる道を歩んでいるように見える。そして彼はまだ27歳なのだ。

20世紀の最初の10年の間に、ブレハッチと同年代だったポーランド人作曲家シマノフスキは、「前奏曲とフーガ嬰ハ短調」と「ピアノソナタ第1番ハ短調作品8」を書いた。

3声から成るフーガ(試聴)

このソナタ、素晴らしい25分の作品は、私にとっては目をみはるような発見であり、もっと知られるべき作品だと思う。ブレハッチが恍惚とさせるほどの正確さで打鍵する大胆な始まりのアレグロは、ショパンのロ短調ソナタの始まりを彷彿とさせる。続くアダージョは抑えた感情を美しく込め、荒々しい中間部へと受け継がれる。軽やかで古典的風合いのメヌエットは、壮大な最終章への意外なバッファとして働き、最終章では予感的な導入にヴィルトゥオーソ的3声のフーガが間髪を入れず続く。

ブレハッチはこれら全てを、確信と奔放さを神秘的に組み合わせて演奏する。これまでのショパンの録音でそうだったように、音楽は自然に湧き出し、わざとらしさが少しもない手際のよい演奏だ。

後半のシマノフスキの作品と同様、アルバムの前半におさめられたドビュッシーの3作品は20世紀初頭に書かれた。明瞭で流暢なアーティキュレーションで、ブレハッチは「ピアノのために」に織り込まれた全音の和声を過大に演奏することはない。ブレハッチはまれな気迫で「前奏曲」に飛びかかり、「サラバンド」はこれとは対照的に薄い覆いがかけられている。作曲されたのはわずか2年後だが、「版画」は全く別の世界に存在する。ここにエキゾチックなドビュッシーがいる。「塔」ではインドネシアのガムランの趣を、「グラナダの夕べ」では煙とカスタネットの気配添えて。この演奏はペダルを使いすぎたり過度に香料を放つドビュッシーではなく、まことに清々しい。力みのない、示唆にとむ演奏だ。「喜びの島」は好奇心に満ちたトリルで始まり、花火の閃光で終わる。

この20世紀初頭のピアノ作品を賢くプログラムし、才気あふれる演奏をすることで、ブレハッチは再び、ワルシャワでの賞の独占にふさわしい音楽家であることを証明した。
(unquote)

********
ラファウ・ブレハッチのアメリカ公演を前に、ようやくCD「ドビュッシー・シマノフスキ」がリリースされました。ファンの方は、すでに欧州や日本から入手されているようですが。これはアメリカで書かれた、初めてのきちんとしたレビューで、多くのラジオ曲やメデイアで引用されています。これまでのCDもアメリカ公演に合わせての発売で、他市場より遅れることが多かったです。


過去記事アーカイブ

19歳のラファウ・ブレハッチがモーツァルトの協奏曲23番を弾いた時(指揮イェジー・マクシミウク、演奏シンフォニア・ヴァルソヴィア、2005年4月)、マエストロが言いました。「この2楽章は人間には書けない。神が書いたのだ。神がモーツァルトの手を使って。」

「僕は叙情的な第2楽章を弾いたとき、本当にそうだと感じました。」(ラファウ・ブレハッチ)。

彼がハノンを弾いた例のビデオの18分位のところで、モーツァルト23番の第1楽章のさわりを少しだけ聴くことができます。

・・・というようなことを、最近時々ツィートしています。

2012年9月25日火曜日

青山音楽記念館

京都の青山音楽記念館(バロックザール)は音響が素晴らしい、といろんな方が述べておられるのを目にします。少しググってみたら、音響の専門家の方が書かれた文章がありました。

「永田音響設計」のウェブサイトより

(引用)
バロックザール(青山音楽記念館)

・・・200席の小ホールとは聞いていたが、ロビーから入ったところが最後列、後ろにもう少し客席が欲しくなる。しかし、ステージをみている限り天井も高く、中ホールを思わせるコンサート空間である。音響的な仕掛けとしては、壁が僅か内側に傾斜していることと、残響調整用のカーテンが慎ましくおさめられているくらいで、ごたごたした細工がないのが心地よかった。気になったのは天井の換気口である。  私は上手の最後列に近い席をとった。歌とピアノという、どちらかといえば明瞭さが求められるプログラムであったが、感心したのはその響きとクリアーさのバランスの良さであった。音の輪郭も明確であり、しかも刺激的でなく、低音域から高音域にかけてのバランスのとれた明るい響きであった。



 最近、各地に小ホールが誕生しているが、小ホールでは大ホールで苦心する初期反射音の確保の問題はない。しかし、客席の大部分が音源に近い領域に位置するという別の課題がある。また、楽器の種類も編成の規模も、したがって、音量や音色の範囲も広く、響きの設計の焦点をどこにおくべきかは大きな課題である。最近では古楽器から邦楽まで登場してきた。小ホールの音響設計では大ホールとは違ったアプローチが必要なのである。  小ホールの設計ではとくに音場の拡散が気になってくるが、拡散と音響効果との関係は実のところ明らかではない。このバロックザールの拡散対策は5°という僅かな壁の傾斜と天井のゆるやかな曲面くらいでしかない。しかし、刺激的な響きはまったくなかった。私の席が最後部に近い位置であったこと、また、今回は弦楽器の音を確認できなかったことなど、一回のコンサートで断定はできないとしても、このホールの響きのバランスは見事である。それに演奏もこのホールの響きを心得たものであったように思う。

 後日談になるが、ほぼ、同じ時期にこのホールで行われたワイセンベルグのピアノリサイタルの印象をあるプロジエクト仲間から聞いたが、わんわんでディテールがまったく分からなかったとのこと、当然だと思う。実はサントリーホールでもザ・シンフォニーホールでも今回のこの巨匠の演奏は同じ印象であったから、あの弾き方ではこのホールには合わないことは確実である。音量に対して許容の間口が狭いことは響きの豊かな小ホールの宿命であり、この点は演奏者に考慮して頂きたい事項である。ともかく、この小ホールはいろいろな点を示唆してくれるホールであった。
(以上引用)


**小さなホールは音源に近いから、大ホールよりディテイルを聴けるのだ、と単純に思っていましたが、専門的にはいろいろな観点があるのですね。また、ホールだけでなく弾き方も影響する、というところもなるほど、でした。ラファウ・ブレハッチひとりをとっても、私は30回ほど大小様々なホールで聴いているのですが、過去、このホールは音響がよい、よくない、と結論づけていたことも、実はいろいろな要因が重なっていたのだな、と思いました。



2012年9月17日月曜日

Non plus ultra! (至高のアルバム!) ~CDレビュー(ポーランド)

English

ラファウ・ブレハッチのCD「ドビュッシー・シマノフスキ」のレビュー、ウカシュ・カチマレク氏が書き、 Muzyka 21に、2月に掲載されました。
ドイツやイギリスでのレビューがドビュッシーの曲に焦点を当てがちなのに対し、ポーランド発のレビューはやはりシマノフスキ中心のものもあります。私にとっては、最も参考になるレビューのひとつでしたが、2-4月にかけて、このアルバムのレビューの数がなにしろ多くて、日本語にまで全く手が回らなかったのです。

Original review (かなり下の方になります)。

 (Quote)

ラファウ・ブレハッチの最新アルバム

ラファウ・ブレハッチの最新アルバムは、クロード・ドビュッシーとカロル・シマノフスキの音楽、印象主義と表現主義を組み合わせている。同時期に作曲された作品だが、2つの全く異なった世界を示している。この大きな対比を示すことが、アーチストの主な目的だ。

このCDに入っている作品の中には、ブレハッチが長年にわたってレパートリーとして演奏してきたものもある。両作曲家ともに、あまり演奏機会のない作品だ。ドビュッシーの「ピアノのために」「版画」「喜びの島」は、ギーゼキングやリヒターをはじめ、比較的多くの録音が存在するが、カロル・シマノフスキの前奏曲とフーガ嬰ハ短調と、ト短調ソナタ作品8は、イェジー・ゴジシェフスキによるポーランド・ラジオの録音を除いて、一般的に他国のレコード業界では入手できない。ラファウ・ブレハッチの手によって、この初期の素晴らしい作品が、幅広い音楽愛好家の元に届くのだから、彼にはより大きな賛辞を贈りたい。

今、私は、自らの責任において、意見を表明したいと思う:カロル・シマノフスキのピアノ・ソナタは傑作だ!この古典的なソナタの構造の第1楽章アレグロにおいて、当時の表現主義のエッセンスを構成することが可能だ。極めて動揺した、多種多様な、しばしば合矛盾する感情が積み重なっている。この危険な作品は、弾き手にも聴き手にも息つく間を与えない。この楽章の展開でのセンセーションを通じて(多くのダイナミクスの変化があり)、常に集中し注目する必要がある。そしてブレハッチの演奏によって、この作品はなんとワイルドになることか!第2楽章ロンド形式で、中間部にとてもドラマチックなパラグラフがある。美しいメロディラインを保つことで、ブレハッチはここにショパンの系譜を巧みに示している。第3楽章(テンポ・ディ・メヌエット)は一転して抗えない魅力にあふれている。ブレハッチの弾き方はは心の琴線に触れるようだ。

ソナタの第4楽章は最後の盛り上がりを示すフーガだ。3声の力強い、スケールの大きなフーガで、2つのテーマから成る。ここにおいて、和声の熟達した技能が示される。皆様方に特に注目いただきたい瞬間がある。612小節。無謀なスピードのオクターブが続いた後の、これは啓示のように響く。

フーガ全体が、若いシマノフスキによる感動的で才気あふれる最終楽章となっている。この傑作が、ラファウ・ブレハッチの卓越した演奏によってさらに強調されている。第4楽章では、アーチストは本物のヴィルトゥオーソ性を見せただけでなく、優れた空間的、ポリフォニックと構造への思考を示している。ここに、全ての要素が完璧にバランスをとっている。


非常に感動的な612小節
このアルバムには、シマノフスキの曲がもうひとつ入っている。「前奏曲とフーガ嬰ハ短調」だ。「前奏曲」では、協奏交響曲(交響曲第4番)の要素が明確にきこえる。真の意味での表現主義音楽であり、揺れ動き、ダイナミクスの強い対比がある。ピアニシモで始まり、フォルテシモは突然終わる。

「フーガ」では、シマノフスキは素晴らしい魅力と繊細さというテーマに専心し、非常に優れた対位法を付加している。これもダイナミクスという意味では強い対比を出しているが(pppからfffまで)、表現としてはずっと穏やかだ。作品全体が複雑な感情の起伏を見せるが、ラファウ・ブレハッチによって、様式上の規律を失うことなく正確に捉えられている。とりわけ興味深いと思われるのは、作曲家が楽譜に書き残した原則的な内容を、このアーチストは完璧に認識し、その範囲外へ行ったりしないことだ。では、ブレハッチの場合、彼の聡明な読譜は何を意味するのか?

まず、ブレハッチは分析をしない。つまり作品から主要な要素を分け剥がすことをしない。彼は聴き手と共に学ぶようなことはせず、彼が聴き手に語りかけ、伝える。きっちりと設計し熟考したやり方で作品を演奏するタイプのアーチストだ。このことは、この聴き手があまり知らない2つの曲にも、またクロード・ドビュッシーの曲にもあてはまる。

ここで、ブレハッチの音色はガラスプレート上の水のように純粋だが、実験室でこのような音は決して作れない。彼の演奏は極めてピアニスティック。伝統から逸脱することは決してない。ドビュッシーの作品を演奏する際の重要な伝統からも、そして、つまるところショパンやロマン派に由来する、ドビュッシー音楽の伝統からも。

「ピアノのために」では、ブレハッチの音は澄み渡り、明瞭だが温かい。彼の解釈は幾分控えめでとても温和、深い感性に裏打ちされている。ラファウ・ブレハッチは、自分の指から来る全ての音を聴いている。。「喜びの島」の解釈でも同じことが言える。「版画」の演奏は、さらに感慨深い。「塔」のペースは完璧にバランスがとれ、ちょうど5分。(ギーゼキングは濃縮した4分10秒、分析的なリヒターは6分10秒)。そして、なんて美しいソフトなトリルなんだろう!「グラナダの夕べ」で、アーチストは巧みにハバネラのリズムを強調し、これがとてもシャープになることもある(7小節からの左手)。
一方、「雨の庭」は、ブレハッチの指によって、雨は激しく打つ。十六分音符は短く弾かれ、この作品は厳密だがポリフォニックに響く。とても興味深いコンセプトと示唆に富む解釈だ。

Non plus ultra! (これ以上は不可、頂点の意味)


(Unquote)

*****
来年の来日公演で、(現在発表されている曲目を前提として)、バッハもシマノフスキも聴きたいと、2ヶ所へ行こうと考えている方も多いようです。シマノフスキが(今のところ)予定されている3つの会場のうち、さいたま芸術劇場は、席数が604と比較的小規模で、この曲を聴くには一番迫力があるかもしれませんね。ラファウ・ブレハッチは小さな会場でもあまり音量を落とさない方ではないかと思いますし、音が平準化される傾向のある大ホールより、1音もらさずきける(ような気がします。)




2012年9月14日金曜日

ラファウ・ブレハッチのメッセージ(さいたま芸術劇場のフライヤー)

彩の国さいたま芸術劇場・音楽ホールでのリサイタル(2月2日)のフライヤーに、ラファウ・ブレハッチのメッセージが載っています。(画像をクリックすると、表・裏をトグルします。)


「今回で3度目の公演となりますが、彩の国さいたま芸術劇場で演奏できることを私はいつもとても幸せに思います。初めての公演は2004年7月、ドビュシー、リスト、ショパンの作品を演奏したのを覚えています。2度目は2007年6月に、ショパンの前奏曲を初めてレコーディングする頃でした。このリサイタルでは、<前奏曲>作品28を全曲演奏しました。そして2013年2月に再び皆さんの元へ戻れることを、嬉しく思います。ラファウ・ブレハッチ」










**2004年については、月刊ショパン(2004年10月号)に、いずみホールでの演奏会のレビューがありました。「それにしても冷静な演奏。・・当事者として音楽に没入するのではなく、・・出てくる音の効果を確認・観察しているように見える。リスト:リゴレット・パラフレーズが盛り上がりつつ下品にならないのは、この距離感のおかげだろう。」


**少女漫画家の長江朋美さんが描いた、「ラフな格好でピアノを弾くブレハッチさん」の絵です。
長江さんの作品「君のために弾くショパン」では、主人公の和音(カズネ)が弾くピアノの音がとても美しい、というところから物語が展開するのですが、その音色を、ラファウ・ブレハッチの音からイメージしたそうです。2月の演奏会には、ご自宅のある北海道から通うとのこと。なんと、ポーランドのあるラファウファンが、長江さんのこの作品のファンであることが最近わかりました。It's a small world. 音楽と文化のチカラは海をも越える。

2012年9月7日金曜日

カタジーナ・ボボヴァ=ズィドロン先生とのインタビュー(ポーランド、2005年11月)

English

ラファウ・ブレハッチの来日公演は5ヶ月も先ですが、音楽ファンの方の、期待感あふれるさまざまな声をきくようになってきました。大阪のチケットを予約するのに数時間電話をし続けたというファンの方々もいらっしゃるようで、アーチストに伝えたいです、この熱意。

さて、今回は、フェリクス・ノヴォヴィエイスキ音楽大学のカタジーナ・ボボヴァ=ズィドロン教授(ラファウ・ブレハッチに、15歳~22歳まで教えた)へのインタビュー記事。2005年11月19日、Gazeta Wyborcza紙に掲載されました。
ポーランドのファンの方が英訳してくださって、2009年の始めに英語ブログに出したものです。
全編に、ラファウの才能への、尊敬と愛が流れています。

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ブレハッチにくしゃみをするな。

ラファウはいつも、お父さんと一緒に来ました。小柄で、細い子でした。
今は随分変わりましたね。立派な若者になりました。

おかしいんですけど、最初の何ヶ月かは、私は彼の演奏に感心しませんでした。
いかにも、セカンダリースクールの優等生君の演奏、という感じでした。

それが、突然に!

私達は長時間にわたって、ノクターンに取り組んでいました。ラファウがコンクールで弾いた、あの曲です。
私はかなり熱中して、もう毎秒ごとに、何度も何度も止めました
「いいえ、私、絶対にあきらめない。」と思っていました。

何度も何度も、繰り返して、その音符が何を意味していて、音符の間には何があるのか、彼に言っていました。
ふと気づいて時計を見たら、もう2時間も過ぎている。でもノクターンは半分しか進んでいない。

急に心配になりました。
「お父さんが待ってらっしゃるわ。あなたを連れて帰らなきゃいけないから。あなたも疲れたでしょう?」
彼は私を見ました。驚いたように、
「いいえ、疲れていません。」

彼はピアノを弾くのが好きなのです。私達はレッスンを続けました。

1週間後、さあ、今はどんなふうに弾けるの、とききました。
でも、まだだめでした。

しかし、さらに2週間後、彼の演奏に、私は座り込んでしまいました。ほとんど、泣きそうになりました。
わずか2週間のうちに、 ラファウは私の指摘したことを全部消化し、自分の感情も組み入れて、 信じられないような演奏をしたのです。 神の御業のようでした。

(注:ラファウが学んだ頃の学校制度
   1 エレメンタリースクール 初等教育 7-15歳 
   2 セカンダリースクール 中等教育 15-19歳
   3 高等教育 およそ5年、終了すると、修士号が与えられる。カタジーナ・ボボヴァ=ズィドロン教授は、ラファウが15歳の時から教え始めた。)


私は、ショパンコンクールの前に、重要な事柄のリストを作りました。
ホテルには滞在しない、ジャーナリストと話さず、名声もインタビューもなし。
集中して、健康に注意。
ラファウも周囲の人も、風邪やインフルエンザにかからないこと。
近くの人がくしゃみをしたら、その場を離れること。

私のコンクールの時(注:1975年のショパンコンクールで10位)は、母が温暖なブルガリアからやってきて風邪をひき、私もうつりました。

ラファウがそう望めば、きっとコンクールでは優勝できるだろうと思っていました。でも、彼はそんなことは考えていませんでした。
どんな風に彼に伝えようか、考えました。優勝しようという決意が必要なのだと。

コンクールの第一次審査の時に、彼は優勝できる、と言おうと決めました。
そして言いました。
「あなたがそう決意すれば、このコンクールで優勝できるわ。」

彼は少し驚きました。私の言葉が意外だったようです。
多分、彼は、そういう考えを恐れていたのだと思います。意識して考えないようにしていたのではないでしょうか。
彼は私の言葉を、お父さんに伝えました。
「先生が、僕は優勝できるって言うんだ。」

私は常々、言っていました。
「勝利しようって思わないで。そういう考えはよくない。だって、それは他の人が負けるように祈ることでしょ。
他の人に対抗して演奏するんじゃない。自分の中から出てくる演奏に、全身全霊をかけなさい。
あなたがコンクールの入賞者であっても、子供たちのために演奏会を開くのであっても、違いはない。ショパンを差別して弾いてはいけない。」

(インタビュアー:なぜですか。ショパンが見ているからですか?)

そうです。ショパンは見ています。特にラファウを見ています。彼にほほ笑みかけているのよ。




ラファウは自分のの子のように、精神的な子供のように思います。

ラファウがノクターンを本当に素晴らしく、天界の音楽のように奏でたのを聴いて、私は彼に言いました。
「私から言うことは何もないわ。もしこういうことが何度も起きるようだったら、あなたは新しい先生を探した方がいいと思う。」

私は怖かったのです。こんなに才能ある子を教えるというのは、大変な責任だからです。
彼の中にあるものを自然に育てて、私からも何かを与えたいけど、私の感性に従わせるようなことがあってはならない。彼の感性や知性の成長に合ったレパートリーを用意する必要があります。

彼がセカンダリースクールを終えた時、お父さんに、教師を変えてはどうか、と提案しました。よろしければ、一緒に新しい先生を探しましょう、と。
お父さんは、賛成しませんでした。私は何度か、機会を見ては提案しました。とうとう、ラファウのお父さんは言いました。
「今のままが良いのです。私たちは、先生を変えたくありません。あなたに教わりたいのです。」

ラファウと私は、週に1回、一緒に座って練習しました。
(何時間くらいですか?)時間は数えてなかったけど、私が過度に演奏に介入しないように努めました。教育的なものではありません。
私がラファウを愛していることを知ってほしいけど、私は他の生徒たちも愛しています。
これほどの才能を神様から与えられなかったけれども、他の生徒たちも音楽を愛し、熱意を持って音楽に取り組んでいました。

また、彼に優勝してほしいという私の熱意を、彼に押し付けてはならないと思いました。

私の先生は、私に、ショパンコンクールで最高位に入って欲しいと望んでいました。先生の生徒でコンクールに出たのは、私が初めてだったのです。あらゆる努力をはらってくれ、私を圧倒してしまったのです。
その結果:私は自分らしさを出すことができませんでした。

私はラファウに何度も尋ねました。

a) 私に会いたいですか?
b) あるいは、会いたくないですか ?
c) どちらでもかまわないですか?
そして、どの答であっても、気分を害することはないから、と言いました。

ラファウの答は、
d) 考えてみます。

One, two kicks
ショパンコンクールの半年前、私はヤシンスキ教授(審査委員長)に会い、助けを求めました。
教授のご経験をいかしたかったのです。
ラファウはその場にいませんでした。

ヤシンスキ先生は、あなたはラファウとうまくやっていくだろうし、自分は特に手伝わない、といいました。私は、たくさん問題を抱えたまま捨てられた人のように感じ、氷のリンクに1人で立たされた気分になりました。
多分私は、責任を誰かと分担したかったのでしょう。
もしラファウが持てる才能をフルに発揮できなかったとしたら、私は罪悪感を感じることになるでしょう。やるべきことで見落としはなかったのか、あるいは過度にやりすぎたことはなかったのか。
私はそういった責任を、ヤシンスキ先生と分かち合いたかったのです。

しかし、先生は、どう対応するべきか、すべてご存知でした。
複数の教師が手伝おうとすると、ラファウのためにならないでしょう。
異なった解釈が混ざり合った大きなものが、彼の頭を占領してしまう。
それに、私も、自分の持っているものは全部彼に与えたつもりです。それによって、彼の独自性がつくられたとも思います。

(彼がステージに出て行くとき、何を話しましたか?)
私のひざで、彼のおしりをキックしました。
1回目は1次予選の前に、2回目は2次予選の前に。

本選の直前、彼の楽屋に行くと、彼は回れ右をしてキックを待っていました。
でも私は彼を振り向かせて、とても真剣に言いました。

「美しく弾きなさい。」
「はい。」とラファウは答えました。
「あなたの魔法をかけなさい。」
「はい。」

本選の後、私は自分に問いかけました。
「まあ、カシゥ、この道をどうやって前に進むのか、わかったところで、また別の知らない道が目の前に現れたわ。」

その後、ラファウのお母さんと私は入賞者演奏会を聴きました。廊下の端のところで、2人とも泣いていました。他には誰もいませんでした。
ラファウのお母さんは泣いていました。私も泣いていました。

(注:おしりをひざでキックするのは、幸運を祈る意味があり、ポーランドの若者がよく行うそうです。)


月刊ショパン2005年12月の特別号からお借りしました。

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