Preludia - Unofficial website for Rafal Blechacz

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2012年5月26日土曜日

ポーランドのゴールデン・トリオ、ベートーベンでプラハを魅了

ラファウ・ブレハッチは5月25日、プラハのスメタナホールにて、ベートーベンピアノ協奏曲第4番ト長調を演奏、観客をすっかり魅了、鳴り止まない拍手に応え、アンコールを2曲弾きました。

演奏:ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
指揮:アントニ・ヴィット

英語ブログに写真、レビューなど→

2012年5月25日金曜日

ラファウ・ブレハッチ with アントニ・ヴィット in プラハ

25日にプラハの春音楽祭のコンサートで共演するブレハッチとヴィット、ニュース・インタビュー中(24日)

2012年5月22日火曜日

ラファウ・ブレハッチ -- ミラノ・スカラ座での繊細なベートーベン第4番

5月21日、ラファウ・ブレハッチはミラノスカラ座にて、ベートーベンピアノ協奏曲第4番を演奏しました。
演奏:ミラノスカラ座フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ファビオ・ルイジ

ルイジの解釈はイタリア的で繊細。ブレハッチの洗練された音色はスカラ座の広い空間に優雅に響き広がりました。なり終わらない拍手に応え、ブレハッチはアンコールを2曲演奏しました。
ショパンマズルカ イ長調op41、ホ短調op17。

「ラファウのミラノ・スカラ座デビューは大きな大きな成功だった。午前中に行われた公開リハーサルも満席となった。ルイジもラファウも一緒に演奏できて良かったと感じた。ルイジはラファウの素晴らしい演奏に感謝した。」
(聴衆の方より)



この演奏会は、スカラ座の管弦楽団創設30周年を記念しての4回の記念コンサートの最終プログラムで、ロシア・ポーランド・北欧を含む全ヨーロッパの数百箇所の映画館に、生配信されました。
スカラ座だけでなく、広く多くの聴衆が素晴らしい演奏を楽しんだ事でしょう。






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20日の早朝、イタリア北部を襲った大地震により犠牲となられた方々、被災された方々に、心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。



2012年5月19日土曜日

ラファウ・ブレハッチ、オランダNRCとのインタビュー


オランダの全国紙NRCの5月10日付け文化欄に掲載された、ラファウ・ブレハッチのインタビューです。11日のコンセルトヘボウでの演奏会の最終プロモーションとなったインタビューは、彼の3月18日のハーグでのリサイタルの翌日、NRCのMischa Spelが行いました。彼女は以前からブレハッチに注目しているジャーナリストです。
この記事が奏功したのかはわかりませんが、当日コンセルトヘボウはほぼ満席になったということです。

Original interview on NRC

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深く物静かな、若く才能溢れるピアニスト

ポーランド人ピアニストラファウ・ブレハッチ(26) は2005年、ショパンコンクール優勝の栄誉を得た。最近、4枚目のCDがリリースされ、明日はコンセルトヘボウでソリストをつとめる。 演奏は繊細で、必要な時は堅牢に、何よりも色彩の豊かさが魅了する。

2005年のショパンコンクールで、20歳のラファウ・ブレハッチは全ての賞を独占した。最高のマズルカの演奏者は?ブレハッチ。最高のコンチェルトは?ブレハッチ。ブレハッチの演奏と同様、次々と続く授賞への拍手喝采の目覚ましさも記憶に残る。ポーランドはルービンシュタイン、パデレフスキ、ツィメルマンの後継者を国として得ることとなる。そして第2位は?審査員はブレハッチの卓越ぶりを特に強調するため、第2位は置かなかった。

アルバムを録音し、ステージでの世界的キャリアを積む若手ピアニストの中でも、ラファウ・ブレハッチ(26)は古風な静けさと謙虚で純粋な雰囲気を放っている。

インタビュー?あまりインタビューは受けない。コンサートは?1ヶ月に4回程度。

「僕には静かな時間が必要です。考えたり演奏に取り組む時間が。」と微笑む。新教会でのリサイタルを終え、ここはハーグで彼が滞在しているホテルのロビー。
一方、ドイツ・グラモフォンからは、彼の手による宝石が、次々と生まれている。最初のCDはもちろんショパン、コンクールの勝者として他の選択はありえなかった。その後、モーツアルト、ベートーベン、ハイドンのアルバム、そして再びショパン(コンセルトヘボウとのコンチェルト)。そして今回の4枚目のアルバムは、豊かな色彩に彩られた演奏も賞賛できるし、独自性という点でも注目に値する。ドビュッシーの印象主義の作品(ピアノのために、版画)が、めったに演奏されない、ポーランド人作曲家カロル・シマノフスキの表現主義の音楽と組み合わされている。

「僕はショパンの専門家と見られがちですが、ショパンコンクールで優勝する前は、いつも違ったレパートリーを弾いていました。」とブレハッチは言う。「リストやシューマン、そしてドビュッシー。このバックグラウンドがあって、ショパンの演奏も洗練しました。」

ブレハッチは礼儀正しく友好的だが、音楽家としての選択には、断固とした意思を示す。移動には自分の車を使う。特にヨーロッパでのツアーではそうしている。

「飛行機が恐いわけではなくて、この方が気持ちがいいんです。コンサートの直後はまだアドレナリンが一杯でなので、車で気分良く出発します。これでリラックスします。その間、父と話したり、哲学の講義を入れたCDを聞いたりします。止まりたい時に止まる。アーチストにとって、自立している、という感覚はとても大切です。そのあと、静かに眠ります。」


田舎に暮らす

Pianist Rafał Blechacz gives
only four concerts a month
ブレハッチの音楽への愛はオルガンから始まったが、自宅にはピアノがあり、実践的な成り行きで、この初恋からは遠ざかることになる。しかし、恋心が消えたわけではない。

「家にいる時は、僕はよく、教区の教会で、ミサの間や後にオルガンを弾きます。でも、11歳で初めてコンクールで優勝したときに、ピアノこそが自分の楽器なのだとはっきりわかりました。
リサイタルでの生演奏の雰囲気がとても好きでしたね。素晴らしいコンサートホール、神聖な静けさ、聴衆。。その雰囲気が欲しいと思いました。」

ブレハッチは今も生まれ故郷と同じ地域に住んでいる。ポーランド北西部のビドゴシチの近郊だ。最初に得た収入で、――彼のCDはこれまで160000枚を売り上げ、クラッシックの演奏家としては極めて大きな数字だ――彼は田舎に家を買った。「本を読んだりピアノを弾いたりするのに、人里離れたロケーションは適切というか、むしろ必要だと思います。」
彼は両親と同居している。妹もいる。「うーん、そうですね、当然ですが、分かれて住みたいと思うことも時々ありますよ。」と彼は認める。「でも、ツアーで空けることも多いので。それに、レパートリーをもっと広げたいと思っています。そっちの方が優先ですね。」

「コンクールで演奏家を比較することは、音楽の本来の性質とは相容れない。」


ラファウ・ブレハッチは世界中の一流のコンサートホールでリサイタルを開き、最も重要なオーケストラとソリストとして共演している。

「これは実現したかったことで、だから7年前にショパンコンクールに参加し、これが突破口となりました。しかし、頂点へつながる道はたくさんあるし、コンクールへの参加が全て、というわけではありません。

関連するストレスはうまくマネージすることができました。あらかじめ、自分自身と自分の演奏する曲に集中しようと決めていたので。他の演奏者は聴かなかったしテレビも見ず、ラジオも聞きませんでした。何にも、です。孤立していました。僕にはこれが完璧に機能しました。でも、基本的に僕はコンクールは好きじゃありません。コンクールで演奏家を比較することは、音楽の本来の性質とは相容れないと思います。」
自分の個性は、自分にとっては神聖なものだから、とブレハッチは言う。「音楽作品を、パーソナルな冒険として体験し、深めていくことですから。」

音楽の同一性を研究することに、彼は自由時間をあてている。哲学を学び、美学と音楽の哲学に焦点を当てた。ほら見て、と彼は指摘する。ポーランド人現象学者/美学者ロマン・インガルデンの著作はいつもかばんに入っている。

「インガルデンは音楽作品の同一性について、興味深いことを述べています。彼が言及している問題は、音楽家が解釈する際の解釈、解釈学、形而上学の役割などに関して、僕が抱いている問題意識に触れています。なぜですか?例えば、ショパンの幻想ポロネーズop61があります。このような作品は、あるいは他の偉大な音楽作品もそうですが、強い形而上的な(霊的な)感覚を、演奏者と聴き手の両方に要求します。この感覚が自然に湧き上がる場合もありますし、自分の中に必要な感覚を必要な時に呼び起こさせることもあります。

演奏中に思考や感情を明確に識別する必要性は、芸術的な観点から非常に有意義です、と彼は言う。
「インガルデンの生徒であるヴワディスワフ・ストゥルジェフスキは、優れた解釈を見つけることは常に弁証法的なプロセスであり、アーチストの内面の成長と変化に依存している、と書いています。
音楽作りとは、音楽作品が求めるものと、自分の芸術的自由との間の正しいバランスを追求することです。」

そして、ブレハッチは車に戻り、次の演奏会へと向かう。
「とても楽しみにしていますよ。」と言う。「今の生活は、子供の頃から好きだったことばかりです。コンサートでの演奏、特に期待感に満ちた緊張した雰囲気とかね。」と笑顔で言う。「聴衆が僕の演奏を待っている。そして、コンサートホールも大きくなってきました。」


5月11日、ブレハッチはベートーベンのピアノ協奏曲第3番で、ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団のソリストをつとめる。 指揮:トレヴァー・ピノック、会場はコンセルトヘボウ・アムステルダム。情報はblechacz.netまで。
(End of the article)

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オランダ語の記事を、オランダのヤンさんが英訳してくださったものの和訳になります。
こちらのブログで何かを日本語にするときは、それなりにモト言語から外れないように解釈しようと努めていますが(もちろん専門じゃない言葉ばっかりなんですが)、今回は訳された英語がモトになっています。不明瞭な点は何ヶ所かあります。モトの単語も調べたり、ラファウはそもそもどんな英語で表現しただろうと想像したりしましたが。コンクールは好きではない、のところは、コンクールからは距離を置いている、とかコンクールはもういいです、という言い方のように思いますが、やや?です。

あまりインタビューを受けない、というのは、オランダではそうなっている、ということでしょうね。
彼がインタビューで哲学のことを比較的詳しく話すのが記事になるのは、ポーランド以外ではめずらしいと思います。彼は話したがっているけれど、あまり詳しく聞いてもらえないか、話してもきちんと文章化できる記者があまりいないのか。。今回はSpel女史が、うまくまとめていますね。上手なライターだなあ、と思いました。ラファウの雰囲気が伝わってきますね。

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Personal thanks:
ちょっと資料探しをしていて、以前ファンの方からいただいた、昔のTVの録画を見つけました。その中に、ラファウの2006年来日時のリサイタルの録画も入っているのに気づきました。
このリサイタル、海外の知り合いの人々にシェアしている間に、自分の分もなくしてしまい、あほやなあ、と残念がっていた分なのですが、青い鳥のように自分の部屋の引き出しにありました。
これをくださった方へ、(お元気ですか?)本当にどうもありがとうございました♥ 私がこのようなサイトを始めるきっかけとなった、思い出深いリサイタルです。


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インタビュー記事の、無断での使用はご遠慮ください。





2012年5月12日土曜日

コンセルトヘボウで再び --ラファウ・ブレハッチ、ベートーベン協奏曲第3番で魅了。

5月11日、ラファウ・ブレハッチは、アムステルダム・コンセルトヘボウで、ベートーベンのピアノ協奏曲第3番を演奏しました。
演奏:ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団
指揮:トレヴァー・ピノック

彼が演奏を終えると、非常に大きな拍手とブラボの声、スタンディングオベーションが長く続き、マズルカをアンコールに弾いたとのことです。

本当におめでとうございます。
(涙目デス・・)

聴きに行ったオランダ方のコメントがはいりました。
「圧倒的に素晴らしい、本当に美しい演奏。指揮者はラファウのことが大好きだと感じました。演奏後、2人は抱き合いました。。」

その光景が、目の前に見えるように感じました。

Blechacz @Concertgebouw, July '09
















演奏会を観た方のブログより。韓国語。
会場、ホール、聴衆、ピアノ、オケを写した写真が見られます。
「雷のような拍手の中彼は退場しました。」だそうです。



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やはり演奏を聴きに行かれた、オランダのヤンさんの感想です。

「ラファウはベートーベンピアノ協奏曲第3番の初めての演奏で、彼のレパートリーに新たな宝石を加えた。私にとっての今宵のハイライトは:至高のカデンツァと、極めて芸術性の高い、才気溢れる第2楽章。彼の素晴らしい技術は、この解釈を実現する道具にすぎない。彼はブラボを伴う喝采で報いられ、また指揮者はラファウを抱きしめて、彼の演奏を祝福した。オーケストラのメンバーと聴衆が喝采している間、ティンパニ奏者は低い連打を続けて拍手に添えた。ラファウはアンコールにマズルカを弾き、成功の余韻は長く続いた。 妻と私にとって、とびきり素晴らしい夕べとなった。」

ヤンさんには、「カデンツァはどうでしたか。第2楽章はどうでしたか。」ときくつもりだったのですが、先に答が送られてきました(笑)。

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別の方からの投稿です。

「そう、ラファウは再びコンセルトベトウで勝利した。ここには彼の献身的で熱心な聴衆がいる。そして、ピノックはラファウの演奏に衝撃を受けた。他の演奏家がどんなふうにベートーベンを演奏するか、彼ほど熟知している者はいない。彼はだれがベストかわかったのだ。そしてラファウのアンコールの後、待ちきれない様子でラファウを心から祝福した。」


** 会場はほぼ満席になりました。






2012年5月11日金曜日

コペンハーゲンでの美しいベートーベン

5月10日、ラファウ・ブレハッチはコペンハーゲンのシンフォニーホールにて、ベートーベンのピアノ協奏曲第4番を演奏しました。(演奏:チボリ交響楽団、指揮:アレクサンドル ポリアニチコ)。
聴衆からの鳴り止まない暖かい拍手に応え、ショパンのマズルカop41変イ長調をアンコールに演奏しました。ブラーボ。

2012年5月5日土曜日

雑誌「Amadeus」が、ブレハッチのアルバムを高く評価 (イタリア)

ラファウ・ブレハッチのCDドビュッシー・シマノフスキが、イタリアの権威ある月刊誌「Amadeus」の5月号で、最高度の評価を得たとのことです。

ユニバーサル・ミュージック・イタリア

この記事の英訳です。イタリアのファンの方が訳してくださいました。

ベートーベンのソナタニ長調10/3

English

最新アルバムドビュッシー・シマノフスキへの多くの賛辞の陰に隠れがちですが、ラファウ・ブレハッチのこの春の欧州での演奏活動、とりわけリサイタルの前半にもってきたバッハ(パルティータ第3番)とベートーベン(ソナタ第7番ニ長調)の演奏の素晴らしさは、きちんと記憶されるべきだと思っています。私はベートーベンの特に第2楽章の解釈の深さに、とりわけ圧倒されました。

これはシュトゥットガルトのリサイタル・レビュー。
by Frank Armbruster for Stuttgarter Zeitung.
「音楽への深い洞察」

Original review
レビューの英訳

ベートーベンの部分です。

「ベートーベンのソナタ第7番ニ長調作品10/3、特にLargo e mestoでは、ブレハッチの非凡な才能が明白だ。彼は、スローな楽章で使われがちな、従来型のエスプレッシボの使用を避け、この楽章の痛切なまでに響く表現を、形而上的な(霊的な)次元にまで高めている。この若いピアニストが同世代の演奏家に比べ、深く音楽を見ることができると感じられるのは、この曲にとどまらない・・・」

他にもたくさんレビューがあります。何かわかりやすい形で紹介できたら、と思っています。
私がこのピアニストの音に「はまって」しまう理由が、こういうところにあります。

ラファウ・ブレハッチの5月は、ベートーベンのコンチェルトの月となります。

10日  協奏曲第4番 @チボリシンフォニーホール
11日  協奏曲第3番 @アムステルダム・コンセルトヘボウ
21日  協奏曲第4番 @ミラノスカラ座
25日  協奏曲第4番 @プラハ・スメタナホール

2012年5月4日金曜日

ラファウ・ブレハッチ、テレビでのインタビュー (ポーランド、Video)(2)トランスクリプトの日本語


4月23日に、ポーランドんのTVPで放送されたインタビューのYoutubeビデオをアップしましたが、それに併せて公表されたトランスクリプト記事の日本語訳をアップします。

ファンの方から問い合わせをいただいたので、日本語も作ってみました。ラファウの発言に間違い等はないと思いますが、(インタビュアーの質問は手抜き部分が2,3箇所あります)、念のため、ポーランドの人々にもチェックしてもらっています。修正が出てきたら、わかる形でアップしますね。 チェックしてもらいました。訳の全てが極めて優れているというわけではないが、誤解を与えるとか、間違った理解をさせるようなところはない、とのことです。(5/5追記)
別の方は、内容はOKよ、ということでした。その程度だと思ってください。(5/8)。






トランスクリプト(ポーランド語)


(トランスクリプトより)
音は感情を伝える媒体

インタビューと編集: Krzysztof Ziemiec,

―これは、言葉がないインストゥルメンタル音楽の中で、おそらく最も美しい楽器です。音だけがあって、音によって僕たち演奏家は多くのことを伝えられる。聴き手ひとりひとりが、自分の感動、連想、思い出を作品に結びつけることができます。―ラファウ・ブレハッチ、Prawdę mówiąc (本音を語る)のインタビューに答えて


Krzysztof Ziemiec: ラファウさん、私たちは特別の場所に来ています。ここビドゴシチのHotel Pod Orłemは、あのアルトゥール・ルービンシュタインが滞在しピアノを弾いた場所です。


Rafał Blechacz: ええ、そうですね。ルービンシュタインは1960年にビドゴシチを訪れ、フィルハーモニーホールでリサイタルを開きました。確かにこのホテルに滞在しました。

ここのアパートメントにあるルービンシュタインのピアノを弾いたことはありますか。

いえ、今日が初めてです。

ようこそいらっしゃいました。さあ、ピアノのある階上へいきましょう。

そうですね。

***
このアルトゥール・ルービンシュタインが演奏したピアノの前に座って、畏敬の念を感じますか?

なんともいえない不思議な瞬間というか、素晴らしい芸術とか巨匠を思い出させてくれるものに接するときの感情ですね。

ご自身のことも有名人だと思いますか?

いや、自分を有名人だなんて思いませんよ。クラッシック音楽というのは世間の興味が非常に高い分野ではありません。他の分野ではそういうこともあるでしょうけどね。

しかし、数多くのインタビューやテレビがあるでしょう。ファンクラブまであるそうですね。少なくとも1つ、たぶんあといくつかありますね。

ええ、これは日本のオフィシャルなファンクラブで、僕があの国でコンサートを開く時僕のところにやって来ます。一部はヨーロッパのコンサートにも何回か来たことがあります。

時々、ファンはあなたの平和を乱すようですね?

いえ、これは良いファンクラブで・・

でも、女の子の1人があなたに求婚しましたね。

それは、ポーランド大使館で開かれた記者会見の席での出来事です。彼女は日本人なので日本語で発言し、それが通訳されました。それによると、彼女は日本でのそういう妻になりたいとのことでした。

なら、義務が軽いじゃないですか!

知りませんよ。幸いなことに、その時、僕の日本での演奏活動をオーガナイズしているアーチストエージェンシーが役に立つことがわかりました。僕の担当マネージャーが発言し、僕はまだショパンコンクール直後の、キャリアの最初の段階にあること、エージェンシーとしても日本での今回の演奏会に集中させたいと考えていること、音楽以外のことはもう少し時間がたってから、ということを言いました。

さて、ショパンの何がこんなに惹きつけるのでしょう。なぜ私たちはショパンに感動するのでしょう。ショパンは、ポーランド人やヨーロッパの人々だけでなく、このように日本人までも魅了します。

おそらく、美しいメロディと和声が、ある種のメランコリーな感情、日本人が近いと感じる感情に結びつくのでしょう。日本人はショパン音楽を、ある意味メランコリックなパーソナリティのプリズムを通じてとらえるのだと思います。そして、例えばショパンのマズルカ、ワルツ、ノクターンに出会う時、音楽自体に詩的で美しいメロディの強い要素を含んでいますので、彼の音楽に触れる時しばしば感動するのではないでしょうか。

最初は何がきっかけでしたか?あなたのお父さんが息子に才能があると見て、ピアノの前に座らせて「息子よ、この音符はここ、これがキーだよ。」と教えたのですか?

いえ、父の話では、僕が例えば教会やテレビで耳にしたメロディーを、聴いたとおりに弾き始めたということです。最初は、そしてしばらくそうでしたが、右手だけで、メロディーの1つの声部だけでした。やがてあるメロディにはこの伴奏という風に選んで、両手で弾くようになりました。そして父は、僕に素養があると気づきました。

では、誰かが両手での弾き方を教えた、というのでなく、ご自身でそういう考えを自然に持ったのですね。

そうです。

何歳の時でしたか?

4、5歳と、6歳の頃でした。

天才ですね。生まれついての天才だ!!

父は僕に絶対音感があることを発見しました。これも自発的に起きたことでした。父が自分でピアノを弾いていて、急に僕がどの音を弾いているのか言い始めたのです。少したって和音でも・・僕は鍵盤を見ないで、和音を構成する全ての音を言い当てることができました。これが大きなきっかけでしたね。何かをするべきだ、音楽教育を与えるべきだということになりました。

ヴィルトゥオーソになるためには、何が必要なのでしょう。もちろん、才能や絶対音感はとても重要でしょうが、多分それだけでは充分ではないと思うのですが、いかがでしょう。

もちろん、才能だけ、あるいは絶対音感だけでは充分ではありません。体系だった練習、毎日の努力、これを積み重ねることで、技術的な側面からは欠点なく作品をマスターすることができます。これによって、後に演奏で一番大切なもの、音楽作りが可能になります。様々な興味深いディテール、音の色彩、研究、などなどに入ることができます。

数学的に言うなら、何%が才能でしょうか。何%が運と努力でしょう?

イグナツィ・ヤン・パデレフスキは、90%が努力、6%が才能で4%が運だと言いました。僕もだいたい同じだと思います。

大人になった今日から振り返って、こんな風に感じることはありませんか。そうかもしれないけど、自分が影に隠れてしまったと。つまり、仲間や友人達と一緒にいることができなかった、そういう関係は強制的に断ち切られてしまった、もしかしたら得ていたかもしれないものを得られなかった、と。

いいえ、それはありません。実際、子供時代の思い出は楽しいものです。僕はいつでも、一番好きなこと、一番愛していることができました。つまりピアノを弾くことです。もし誰かが僕に、何か別なことをさせていたとしたら、僕の思い出はもっと悪いものになっていたでしょう。

ピアノの代わりに、ボールけりだったら、あまり楽しくなかったでしょうか?

ボール遊びもしましたり、自転車に乗ったり、友達と喋ったりしたことも楽しい思い出です。運動場での普通の生活も体験しましたよ。

ショパンコンクールのことを初めて考え、「今こそ始めよう」、と思ったのは何年でしたか?

実際、子供の頃から考えていました。以前のショパンコンクールの記録を見て、僕は全てのショパンコンクールをフォローしていました。そうするうちに、将来のいずれかの時に、自分の力を試すことができるかもしれないという考えが生まれました

そして、2005年に、素晴らしい幸運が訪れました。あなたは全く異論のない、ショパンコンクールの完全な勝者となりました。おそらく、これはあなたのキャリアにとっての大きな突破口になったのではないでしょうか。これまでのキャリアを見ても、それがわかります。

全くそのとおりです。僕の音楽家としての人生の中で、最大のチャレンジでした。


(このあとの3問への答は、ショパンコンクールの際、彼がコンクールや世間と隔絶して自分の演奏に集中したこと、受賞の瞬間の喜びと受賞後大きく人生が変わったこと、などに関するものです。私たちが良く知っている内容ですので、ここは省略します。)

作品とメッセージについて、しろうとにわかるように説明していただけますか。というのは、私などがポップミュージックをきいていると、歌詞があって、良いものもばかげたものもありますが、まあ、言葉や文章がある。しかし、この音楽には言葉がありません。音楽だけ、楽譜に書かれた音符だけです。このような音楽のパワーやメッセージを受け止められるように、アーチストは私たちに何を伝えたいと思っていますか?

僕が考えるに、これは、言葉がないインストゥルメンタル音楽の中で、おそらく最も美しい楽器です。音だけがあって、音によって僕たち演奏家は多くのことを伝えられる。聴き手ひとりひとりが、自分の感動、連想、思い出を作品に結びつけることができます

インゴルフ・ヴンダーは、最新のショパンコンクールで入賞し聴衆から大きな支持を受けた若者ですが、彼があなたのことを言っています。彼によれば、あなたは知性が勝る音楽家で、彼はもっと感情面が強い演奏家なのだそうです。

僕にとって、感情は音楽にとても重要な役割を果たすと思っています。一方、知的な側面と感情的な側面のバランスをとることも、音楽では大切ですね。

では、情感豊かに演奏をする人物がいて、その彼が、あなたの演奏について、とても知的である、と言っているのはどういうことなのでしょう。私のようなしろうとには、はっきり区別ができないのですが?

感情面にのみ焦点をあてた演奏のの中には、作品自体やその構造を損なってしまうものがあります。そういう演奏は、例えば、古典的ソナタの演奏でソナタの様式(注:原文ではソネットになっています)の内部で爆発してしまう可能性があります。ここで、直感が重要な役割を果たします。作曲家のスタイル、ショパンのスタイルを保ちながら、同時に作品にこめられた感情も演奏家の感情として表出する、そうした直感ですね。


ラファウさん、あなたは極めて多忙な方です。このインタビューを企画してあなたに会うのは大変むずかしいことでした。生活のなかで、特に何かに時間をつかってらっしゃることはありますか。リラックスする時間はありますか?

ええ、もちろん!そうですね、クリスマスやイースターの休日は、いつも家族と家で過ごします。他の過ごし方は考えられない習慣ですね。

年間、何回のコンサートを開いているのですか?

演奏会の数は多くありません。だいたい、45から50回程度です。

ラファウ・ブレハッチは、オフの時間をどう過ごしているのでしょう。魚釣りとか、バイクに乗るとか?

僕は読書が好きです。自転車乗りも好きですよ。ショパンコンクールの前に、体力作りのためにジョギングを習慣にしていたのを思い出します。ショパンコンクールの期間に生き延びるために、身体面の強さと、心理面でも良い状態を作りたいと思っていました。これがうまく働きました。

ショパンや、シマノフスキ、ドビュッシーの作品を演奏するピアニストが、クラッシック以外の音楽を聴くことはあるのでしょうか?

誰かが僕の所に来て、クラッシック以外のポップミュージックなどの音がきこえるとしたら、たまたまついているラジオかテレビの音でしょうね。たまにテレビも見ます。

ラジオで流れているそういう音楽をどう評価なさいますか?

むずかしいですね。僕が集中して聴いている、身近な音楽ではありませんから。

ヒットソングであっても、ラジオを切りますか?

いつもそうではありません。時にはクールな音楽だったり、まあリラックスできるものもありますから。

私の印象ですが、かなり多数の聴衆や一部の審査員の人達は、衝撃的なアーチストを好んでいるようです。服装とか演奏もそうですが、ステージでの振る舞いとか。あなたはそういう演奏家グループには属していませんね。これは良いことでしょうか、悪いことでしょうか?あなたは決して人に衝撃を与えないような、ナチュラルな演奏家でいることを原則としているようです。

いや、それはルールとか計画した原則ではありません。たぶん、自分の内面で感じていることが結果的にそうなった、ということだと思います。論議をかもすようなことは、僕のバーソナリティからは遠いものです。思うに、音楽において、ある作曲家の作品の演奏をする場合、この演奏家が僕たちにとって一番大切だということ、それから、彼の作品を弾いて見せるのであって、人の注目を集めるために衝撃を与えることで作品を破壊しないようにすること、こうした事柄が僕にとっては重要です。音楽作品には、概要がある程度書かれています。楽譜からすべてを、曖昧さのない形で読み取ることはできません。演奏家にはこうした曖昧な部分をそれぞれに満たすことが求められています。誰でも、自分の独自の解釈を提示する、音楽的な自由が与えられているのです。

ラファウ・ブレハッチの今後数箇月・数年のカレンダーはどうなっていますか。


カレンダーはとても混んでいます。今は2014年のスケジュールを計画中ですが、すでに7割はうまっています。最近、2015年のリクエストが来ましたので、かなり長期的な計画になっています。ショパンコンクールの直後は、これがなかなか衝撃的でしたが、最近はそうでもなくなりました。

そんなに先のことまで計画するなんて、実感がわきませんね!


ええ、でも明るいことでもあります。将来も仕事があるってことですから。

哲学は、音楽からはなれる機会でしょうか。随分前からそのようになっていますね。哲学の博士課程で勉強していますね。

ええ、そうですね。哲学はそうした機会でもありますが、別のインスピレーションでもあります。

その考えはどこから来たのでしょうか。私には、哲学と音楽というのは、単純に線で結べないもののように思います。

僕は音楽の哲学に強く集中しています。こうしたテキストの中でも、芸術作品や、芸術的主題、美学的主題を取り扱っています。そこに、音楽に近いものが、僕が毎日取り組んでいる音楽の側面に近い部分があるのです。

ヴィルトゥオーソとしてアーチストとして、よりストレスを感じることはありますか。聴衆の前に出るときや演奏会の前に、恐れを感じることはありますか?

ストレスがあるとしたら、それは良い状態なんだと思います。ストレスが全然なかったら、ルーチン化してないか、とか、シーズン中の演奏会の数が多すぎないかと考えてしまうでしょう。一方、ある程度の興奮、これからステージに出て自分の演奏を聴きに来た聴衆のために自分の解釈を聴かせたいという熱意があるとすれば、それは前向きな現象だと思います。

ストレスへの対応方法をお持ちですか。圧倒されるほどの感情に対して、それを軽減するような方法はありますか?





いいえ。軽減しなければならないほどの強い感情を持ったことはありません。先ほど言ったような熱意がいつも、ステージに出て作品を演奏するために僕を導きます。

以前、あなたはあるインタビューで、ストレスに向かう方法として、祈りがあるとおっしゃっていました。それはもう過去のことなのでしょうね。もうそのようなストレスの問題はないと?

祈り、あるいは信仰は、僕の人生にとって非常に大切なものです。信仰は、様々なストレスを受けるような状況で助けになるだけではなく、それが土台となって、その上に具体的なものを建てています。あらゆるチャレンジに対して、音楽面だけでなく人生のチャレンジにおいて、一番確かな解決策、一番の助けです。いつも救済をもたらしてくれます。

ジャンパーのアダム・マリシュは十字を切って競技に入りますが、同様にあなたも正しく仕事できるように心の中で祈りを捧げるのですね。

ええ、もちろんです。音楽家としてのチャレンジの時、人生のチャレンジの時、僕は祈ります。もちろんそうしたチャレンジがないときも、毎日祈っていますよ。すべてのカトリック教徒と同じように。

ラファウ・ブレハッチ――世界的に著名なピアニスト。2005年のショパンコンクールでの優勝により、国際的キャリアの門戸が開かれる。世界中で演奏活動を行なっているが、今もビドゴシチ近郊に住む。
(引用終わり)

*****
彼は最新CD発売や演奏会で各国を訪れる度にインタビューを受け入れていますが、(そのものすごい量は目を見張るものがありますが)、インタビューについては、

「自分としてはインタビューはあまり重要だとは思わないし、年齢がある程度上の聴き手にとっても、演奏をじっくり味わうことの方が興味があるだろうし音楽も理解できるだろう。しかし、若い聴き手で自分に直接コンタクトできない人達(多分演奏会に行く機会のない方々のこと)にとっては、インタビューがきっかけとなり、変化があるのではないか。」
という趣旨のことを、ドイツのインタビューで述べています。

今たまたま仕事の予習のために、2月の半ばに行なった製薬関係の単語リストを開いたところ、リストの下の方にメモ書きを見つけました。薬剤を作る際に加える賦形剤の種類によって、少量の薬剤でも薬効がきちんと出る、ということを調べていた時のものです。そのままコピペしますと、

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アーチストの音楽を、聴衆が受け入れるかどうかは、bioavailabilityににてるかもしれない。聴衆側の、吸収、消化、代謝の能力。特に代謝が、音楽をきっちりと受け止め、美や価値を自分の中にinternalizeすることだとしたら、

アーチストのインタビューなどでの説明は、賦形剤のように、吸収を促す助けとなる。
PDの促進、細胞破壊、刺激を助け、私の中での消化や代謝を助けている。
初めて聴いた翌日は細胞が破壊され、新しい細胞が生まれ、その過程で大泣きした。

きちんと代謝(=理解)できれば、それは私の栄養となり、成長の助けとなる。

たしかに、ドビュッシーもシマノフスキも、彼の説明があって、ようやくロジカルに知的に吸収する助けとなった。これがなければ、単に、美しい、うるうる、という、情緒的な興奮で終わっていたかも。

私は彼の音が変わってきたと、2010年から思っていた。そう思いながら彼のインタビューや演奏はずっとフォローを続けていたので、自分としては、今回のアルバムは非常に自然な流れの延長にある。
そうでない人にとっては、少し驚きかもしれないし、消化吸収に少し時間がかかるかもしれない。

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予習のはずが、何を書いてるんだ、という感じですが(まったく現実逃避なのですが)、今見直してみて、そうかもしれない、などと思いました。2月の下旬に、「ドイツからはこれ以外にレビューは出てないの?」「ないですね。きっとこの曲を消化するのに時間がかかるんじゃないですか。」などと会話した覚えがあります。ドイツでは、その後、3、4月に雨後のたけのこのように多くのレビューが出てきました。
要は、ブレハッチはインタビューをたくさん受けてくれて、感謝しています。・・と言いながら、私自身は実は音楽をじっくり聴ければそれで満足、という年代に属します。(5/5追記)


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2012年5月1日火曜日

ラファウ・ブレハッチ、バッハの演奏 (オーストリア)(Video)

オーストリア、ヴェルスでのリサイタル(2012年4月22日)より


バッハのパルティータ第3番の一部(ファンタジア、コレンテ、アルマンド)と、ラファウ・ブレハッチのインタビューが聴けます。
@Stadttheater Wels, Austria on April 22, 2012.