Preludia - Unofficial website for Rafal Blechacz

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2012年2月24日金曜日

サンタ・チェチーリアのお気に入り

ラファウ・ブレハッチは、今後のヨーロッパツアーをローマから開始します。
ローマでは25日より、4日連続の演奏会、サンタ・チェチーリア音楽院管弦楽団との共演で、ベートーベンピアノ協奏曲第4番を演奏します。指揮はウィーンを活動拠点とする、コロンビア出身の若手指揮者アンドレス・オロスコ=エストラーダ。
ブレハッチは2010年から毎年、パルコ・デル・ムシカのアウディトリウム、サラ・サンタ・チェチーリアで演奏しているため、プレビューでも、「サンタ・チェチーリアの聴衆のお気に入りのブレハッチが帰ってくる。」と書かれています。2010年のショパン年は、このホールで同じオーケストラと共演、やはり4日連続の演奏会でしたが、2800席の会場は毎日満席になったそうです。去年は3月に、同じホールでリサイタルを開いています。

ローマの後は、3月2日のトレントから、今年最初のリサイタルを開始します。
インタビューでも述べているとおり、前半のバッハ、ベートーベンは新しいレパートリーとなります。プログラムは開催地によって様々ですが、バッハ+ベートーベンと、ショパンやドビュッシーのいずれかの曲に続き、シマノフスキのソナタがメインになる場合が多いようです。ショパンの曲がない場合もあります。

プログラムサイト Feb. 26 日曜のマチネ、"Family Concert- Rafal Blechacz"
プログラムサイトFeb. 25,27,28

このサイトなど、プレビュー記事の英訳











こちらは、イタリアのユニバーサルミュージックのウェブサイトです。









2012年2月21日火曜日

作品の理解への深い確信――レビュー(ポーランド)

アルバム「ドビュッシー・シマノフスキ」のレビュー、ポーランドのRMF Classic, Jovita Dziedzic-Golecによるものです。とても良いレビューとして、私が受け取ったのが2月6日の早朝でした。

オリジナルのレビュー記事

英語ブログでのポスト


(Quote)
近道は決してしない。 

2005年のショパンコンクールの優勝は、彼に、著名なホールへの扉を開き、ドイツグラモフォンとの契約を保証した。全てのアーチストにとって夢の契約だが、この名誉を得た少数の演奏家でも、レーベルの元で、キャリアを適切に管理できるとは限らない。

ラファウ・ブレハッチは、そうした問題とは無縁だ。彼は、DGのために録音するのは本分だと認識している。こうして出された彼のアルバムは、彼が極めて成熟したアーチストであることを証明してきた。彼は近道を行こうとはしないし、大衆の歓心を引くためにアルバムを出さない。レバートリーは、思慮深く選んだ作曲から決める。たとえ――最新アルバムのように――知名度が低く、困難で、何よりもその録音に聴衆が簡単に喝采する保証のないレパートリーだとしてもだ。ブレハッチはドビュッシーにシマノフスキを組み合わせた。シマノフスキは、知られているように、このフランス人作曲家からインスピレーションを受けた。

「ペリアスとメリザンド」の作者によるピアノ作品から、ラファウは「ピアノのために」、「版画」そして「喜びの島」を選んだ。特に最初の本格的ピアノ曲集である「版画」は、この作曲家の真髄となる要素を全て表し、ドビュッシーの名刺のような作品。ポーランド人ピアニストは、優れた俊敏さと作品への深い関与によって、そのカードを手に入れた。

シマノフスキの「プレリュードとフーガ嬰ハ短調」と「ソナタハ短調op8」の解釈も画期的、円熟した(または、辛口の)演奏家であることを証明した。曲から見事に――彼の場合は卓越した技術で自在に表現できるのだが、――最も気高く、価値あるものを抽出している。ブレハッチはセンセーションを起こすほどの技術を持つ、偉大なヴィルトゥオーソであるばかりでなく、何にもまして、傑出した解釈者でもある。彼の演奏は、作品の精神に満ちている。今は亡き作曲家の言葉、意図、思いを曲げることはない。
「彼はその理由に確信が持てないまま音楽を3小節を書くよりは、偽札を作ることの方にすぐに同意するだろう。」
と、クロード・ドビュッシーを、友人レイモン・ボヌールは語った。同様に、ラファウ・ブレハッチは、自分が録音したいと思う作品への正しいアプローチに深い確信がなければ、決してピアノの前には座らないだろう、と私は信じる。今回のリリースがそれを証明している。
(Unquote)



2012年2月19日日曜日

ミケランジェリとブレハッチ――インタビュー(ポーランド)


empik.comに、2月10日に掲載されました。
内容から見て、ポーランドでのアルバムリリース:2月7日の直前のインタビューのようです。
記事についていたタイトルは、「最初のインスピレーションは、ショパンではなかった。」ですが、私は他の部分、ドビュッシーの演奏とミケランジェリについて述べている部分を興味深く読みました。また、今年10月アメリカでの演奏会予定、正式アナウンスはこれからですが、ご本人が既に言及しています。

英語ブログの当該部分です。(2件あるインタビューの2つめです。)

(Quote)
新アルバムのリリースまでもう少しです。初めてではないとはいえ、ショパンの曲が入りません。でも君にはショパン弾きのラベルが張り付いてます。こういうステレオタイプ化には耐えられますか?

ショパンのおかげで、僕は世界中で演奏できるのですから、そういう意味合いのことは受け入れがたいですね。僕がどうしてショパンから離れられるでしょう?離れたいとは決して思いません。ただ、実は、僕が初めてインスピレーションを受けた作曲家は、ショパンじゃなかったんですよ。

誰だったんですか?

ショパンに出会ったのは、バッハ、ベートーベン、モーツアルト、ハイドンに出会ってずっと経ってからです。ドビュッシーやシマノフスキの作品も、ショパンなど、ロマン派の音楽作品の演奏へのアプローチの大きな助けとなりました。ウィーン古典派ソナタ集を録音した時、ドビュッシーとシマノフスキも録音して、僕がこの2人の作曲家にいかに影響を受けているかを示したい、と考えました。


いろいろなインスピレーションがリストアップされました。でも全部クラッシック音楽だ。こんなに若い男性の芸術的なセンシティビティーに、他の種類の音楽の影響は感じなかった?

もちろん、他の種類の音楽も、ラジオやテレビを通して流れてきます。でも、正直なところ、僕の生活の中の事は全部、クラッシック音楽を中心に回っているんです。ピアノ作品だけではなく、交響曲やオルガン音楽もそうですね。ヨハン・セバスチアン・バッハや、セザール・フランクなんか、特に。


君がオルガン音楽に興味があるのは皆知っています。でもオルガンをプロとしてのキャリアには入れていないでしょう。オルガンのリサイタルは開いてませんね。

ええ。でもオルガンは本当に好きです。オルガンは僕を豊かにしてくれるし、時々、ピアノ音楽の意味を理解する助けにもなっています。バッハの作品から学べることが多く、ポリフォニーとの相互作用が、ショパン音楽でのポリフォニーの発見につながることもあります。オルガンはとても魅力的ですが、音楽体験という意味では全く別のもので、いわゆる「時間外」に、近所の教会のオルガンの前に座るのが楽しみです。


新アルバムの話に戻りましょうか。ドビュッシーとシマノフスキは、君が長年親しんできた作曲家だということはわかりました。様々な作曲家の数多くの作品の中で、この2人をひとつのアルバムにまとめたいと考えるほど興味を持った、その根拠は?

この2人の作曲家を並列する上で、2種類の方法があると思います。まず、印象主義音楽としての軌跡です。これはシマノフスキにとっても、特に彼の第2期の創作活動では重要なテーマです。僕はもう1つの方法を選びました。つまり、録音の構成の主なモチーフとして、強いコントラストを示すことです。印象主義派としてのドビュッシーと、表現主義派としてのシマノフスキ。完全に異なった音楽の世界です。


ドビュッシーのピアノ音楽に手を伸ばすと、ジャーナリスト達が直ちに、君を、偉大な音楽家アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリと比較するであろうことは、予想したでしょうね。既に、ショパンコンクールの優勝者として、クリスティアン・ツィメルマンと比べられているように。

まず、ベネデッティ、ギーゼキング、リヒテル、コルトーの録音は、既にドビュッシー作品の演奏の歴史の一部を成しています。これは議論の余地がありません。比較されることも、特に言うことはありません。しかし、自分について言うなら、僕は、作品の構造の深いところまで入り込んで、その性質やロジック、意味を探し当てようとしています。他の人の演奏ではなく、作曲家自身が自分にとって最大のインスピレーションとなるような状況に自分を持っていこうとしています。ただ、ベネデッティの演奏の様式が僕に非常に近い、というのは事実としてあります。彼が感情と知性とのバランスをナチュラルにとっている点は、賞賛します。僕の演奏へのアプローチで鍵となるのは、作品と緊密に接触することです。いわば、作品との冒険体験のようなもので、これには時間がかかることがあります。「版画」の場合、何年もかかりました。この作品への自分のアプローチは、時を経て、変化してきています。


どんなふうに?

自分の解釈に対するアイディアを表現するための、自然な発展のプロセスだと言えるでしょう。異なったホール、異なった楽器、異なった聴衆、さまざまな経験。これら全てが影響します。ところで、僕は作品が自分の中で成熟する、その瞬間が好きです。すべてのプロセスが完了した時です。その時になって初めて、作品をスタジオに持ち込んで録音しようと思うのです。


そうして、いよいよ録音ができました。君と、高名なドイツ・グラモフォンとの関係は継続しており、おめでとうといいたいです。周知のように、DGは素晴らしい評判と歴史を持つレーベルです。一方、君は若い音楽家です。自分が録音したい曲を選ぶ場合の自由はありますか。レーベルからの提案もあるのでは。

これまでのところ、ドイツ・グラモフォンからレパートリーについて圧力を受けたことはありません。もちろん、よく話し合いは持ちますが、DGの方々はとてもオープンです。これは喜んでいます。というのは、創作のプロセスでは、アーチストはこういう問題から自由になって、音楽にフォーカスをあてるべきだと思いますから。


アルバムに関連して、プロモーションのツアーも計画していますか。コンサートの計画を教えてください。

まずはヨーロッパ、それから、10月にはアメリカとカナダに行きます。この大西洋の両側でのツアーは、今回のドビュッシー・シマノフスキのアルバムが出来る前から既に決まっていました。演奏会プログラムは、前半がバッハとベートーベン、後半がこの最新アルバムの作曲家の作品になります。


ということは、シマノフスキのアルバムが発売され、彼の生誕130周年である今年、ポーランドでは演奏しないのですか。

2010年のショパン年に、僕はポーランドで5回演奏しましたが、これはショパンコンクール以降の5年間にロンドンで開いた演奏会の合計と同じ回数です。ショパンコンクール後、ポーランドでは約30回演奏会で演奏しました。ヨーロッパ、アメリカ、アジアといった外国で自分の立場を固める時でもあります。

(Unquote)

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記事の無断での使用はご遠慮ください。



新アルバムに関する、インタビュー+ミニ・レビュー


ポーランドの日刊紙ジェチポスポリタに掲載された、ヤツェク・マルチンスキによるレビュー+インタビューです。新アルバムについてブレハッチは非常に多くのインタビューに応えていますが、このインタビュー記事は、それらの最大公約数的な内容で、コンパクトにまとまっています。

この記事のレビューは本当にミニなので、代表的なものを、追ってご紹介したいと思っています。

オリジナルインタビュー・レビュー on Rzeczpospolita 1月31日付け

英語ブログでのポスト

(Quote)
ピアニスト、新境地に

ラファウ・ブレハッチは最近、ポーランドよりも外国での演奏会が多い。彼の新アルバムは、従って、わが国のファン達を満足させる必要がある。

世界の音楽ショップでこのポーランド人ピアニストの新アルバムが発売となる2月7日、――これは彼のドイツグラモフォンからの4枚目のアルバムになるが、――ラファウ・ブレハッチは、スペイン国立管弦楽団との一連の演奏会を終え、マドリードから帰国していることだろう。そしてしばらく休憩をとった後、彼は再びヨーロッパへのツアーへと出発する。イタリア、フランス、ベルギー、オランダ、そしてルクセンブルク。

この演奏会日程は、基本的にプロモーション的な内容ではない。

「アルバムが店頭に並ぶ時、その曲にはもうもどりません。」とブレハッチは言い、彼のルールを説明する。
「新しい作品は、まず小さなホールや身近な人達を前に演奏します。その曲について、ステージでの経験を十分重ねた時に初めて、録音を考え始めます。しかし、人生で一貫した何かがあるのも、価値あることだと思います。新アルバムにも入るドビュッシーの”版画”との冒険は、10年前に始まりました。」

ハンブルクのピアノ


「全体として、このアルバムのアイディアは、2つの世界の対比でした。ドビュッシーの印象主義と、シマノフスキの表現主義です。」
とブレハッチは付け加える。彼は、次期作品の最も適切な音を数年間求めてきた旨、喜んで語ってくれる。
「ドビュッシーの”雨の庭”は、包み込み照らすような、銀色がかった感覚の色が必要です。一方、”塔”は、どちらかというと黄金色でなければなりません。こうした様々なニュアンスを抽出するために、音符を入念に読み込みますが、繊細にペダルを使用するなど、技術的な手順も必要です。また、楽器も非常に重要な課題でした。とても良いピアノである必要がありました。様々な音の陰影を探求するためのインスピレーションを与えてくれ、かつ、シマノフスキのソナタを弾くのに必要な、強力な低音を出せるような楽器です。」

彼は、そのような楽器をハンブルクで見つけた。スタインウェイD、モデルD、ナンバーは584364。

「初めてハンブルクで演奏した時、このピアノが記憶に残りました。」と彼は言う。
「その時すでに、この楽器はドビュッシーにとって良い楽器であり、かつ、より大きく集中したダイナミクスのある(シマノフスキの)作品にもふさわしい楽器だと思いました。他のピアノを経験する前の段階でしたが、結局、この楽器に戻ることになりました。」


このアルバムはまた、彼が世界中で演奏するきっかけを与えたショパンコンクールの優勝者というレッテルに決別するものとして見ることができる。あの成功から6年、自分は今、他の領域で活動していると、彼は言う。

「パリ、アムステルダム、ベルリン、そしてロンドンへ行くと、聴衆は、自分が誰の演奏会に来たのかわかっている、と感じます。」と彼は付け加える。

「彼らは、前回の演奏会で僕のことを覚え、僕の演奏が聴きたくて足を運んできます。こうしたことを、演奏会最初の拍手で感じることができます。また、新しい曲を試してみるとき、僕が慣れ親しんだホールではどんな風に聴こえるだろうと想像します。」(注:別のインタビューで、チューリッヒのトーンハレ等、具体的なホール名をあげています。)


なぜポーランドではたまにしか演奏しないのかきいたところ、彼は言った。
「1シーズンで全部の場所に行くことはできません。ヨーロッパやアメリカには多くの場所、たくさんのコンサートホールがあります。最近、これまでの棚卸をしてみたところ、この6年間にポーランドでは約30回演奏会を開いたことがわかりました。確かに、コンクールの直後の時期が多かったのですが。」

カントリーハウス


彼はさらに、オーバーワークを避けている。年間の演奏会は40回まで。実際、演奏会が終了すると、すぐに次の演奏地へ移動する。飛行機よりも車での移動を好み、また、演奏会直後はアドレナリンの分泌でよく眠れないという事情もある。大抵父上が同行し、交代で運転する。
彼はプライベートなことはほとんど話さない。ビドゴシチ近郊に家を買い、ナクウォの頃のように近隣への迷惑を心配をすることなく、夜もピアノが弾ける。自由時間は勉強にあてる。トルンのニコラウス・コペルニクス大学の博士課程にて、哲学を学んでいる。
「コンサートの合間に日程があると、ゼミに参加しています。」と彼は言う。
「また、哲学の勉強は、まずは読むことですので、本は世界のどこにいても読めますから。」

彼は音楽作品の美学に関する論文を書き始めている。しかしこれが博士論文になるか
どうか、今は言いたくない、という。

「これは主に、自分の成長のための投資です。哲学は音楽解釈の助けとなります。直接の影響を証明するのはむずかしいですが、たしかにここからインスピレーションを得ています。こうした理論的背景を用いて、芸術の世界を航海していく助けとなります。」

芸術家としての将来は、注意深く計画している。今年はソロリサイタルとコンチェルトとのバランスをとっているが、2013年の前半はオーケストラとの共演が主となる。その後、対照的なことだが、彼は室内楽を演奏したいと考えている。
「ベルリン・フィルのコンサートマスターである、ダニエル・スタブラヴァと共演します。モーツアルトやシマノフスキのソナタを選びました。残りのプログラムも決めていきます。」と明かしてくれた。


今年は、わが国で彼の演奏を聴く機会はない。新アルバムがこれまで同様わが国や世界で成功するか、注目したい。これまでのアルバムは合計16万枚を売り上げた。このような成功を収めたドイツ・グラモフォンのアーチストは少数だ。
(End of Interview)


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ヤツェク・マルチンスキによるアルバムのレビュー

ラファウ・ブレハッチをショパンのスペシャリストだと思っている人にとって、このアルバムは驚きかもしれない。彼は長年、ドビュッシーとシマノフスキに興味を持ってきた。これらの古典的な様式をもち、両作曲家が特定の色や崇高な音に、それぞれ独自の特徴を見せる音楽に、ブレハッチは熟達している。このアルバムでは、古典的なドビュッシー(「ピアノのために」のサラバンドとトッカータ)と印象主義的な、もしくは、東洋的・イベリア半島的な雰囲気(「版画」)がある。2つの組曲にて、ブレハッチは抗えないほどの素晴らしい演奏をしている。さらに賞賛すべきは、シマノフスキの曲を紹介していること――彼がこのソナタハ短調を書いたのは22歳の時なので、知名度は低い。この作品は本当に偉大な水準のものだということを、ポーランド人の彼が証明した。
(end of review)


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ハンブルクのピアノの記述で、彼が2006年に、自分用の楽器をやはりハンブルクで見つけ購入した際のことを思い出しました。

「ハンブルグのスタインウェイにて、2006年5月 スタインウェイの楽器を購入。感謝をこめて、工場の従業員のためにミニ・リサイタルを実施。同じ旅程中、ドイツ・グラモフォン(イギリスの評論家のジュリアン・サイクスによれば、DGレーベルはクラッシック音楽のロールス・ロイス)と独占契約を結ぶ。」
 「ピアニストには、何の迷いもありませんでした。モデルB、厳密にいうとナンバー575 336を弾いた時、彼はこの楽器の全ての鍵盤に自分の名前が入っているように感じました。長さ211センチの堂々とした楽器は、豊かで多彩な響きで彼に歌いかけてきたのです。」
(このウェブサイトのchronologyより)

私はこの時の職人さんのためのミニ・リサイタルの録音を聴いたことがあります。晴明な音色のマズルカなど。


DGでのデビューアルバム「ショパン前奏曲」の録音時も、候補の楽器4台から、前奏曲にふさわしい楽器を見つけることができた、と、当時のインタビューにありました。


このアーチストの演奏活動をフォローする際、会場や楽器への感想がきこえてくることがありますが、良い楽器だったときくと、とても嬉しく感じます。

今回録音に使った楽器はこの時ではなく、ハンブルグでの最初のリサイタルで弾いた楽器で、その後オケとの協奏曲でも使ったそうです。別のインタビュー記事にありました。ということは、私たちもTV放送やウェブ放送で聴くことができた、あのライスハレの楽器でしょうか。←ライスハレの楽器だと、別インタビューで述べていました。(3月12日追記)彼はライスハレの会場も、とても好きです。


ドビュッシーとシマノフスキの録音がまだアイディアの段階だった頃、その演奏に理想的な楽器が既に現れていた、というのは感慨深いものがありました。このアーチストは必要な時に必要な環境や彼を支える人が現れているように、そのような加護を受けているように、感じます。


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2012年2月18日土曜日

僕は色が聴こえる ―ラファウ・ブレハッチのインタビューより


2月4日にポーランドのRMF Classic がブレハッチのインタビューを放送する際、プログラムサイトにインタビューの簡単な概要があらかじめ掲載されました。色についての発言に関し、「彼は共感覚の持ち主?」「実は私もそうです。」というような反響が、いくつかありました。
(元サイトのポーランド語のコンテンツは消去され、現在公開されていません。興味がある方はご一報ください。)

英語でアップしたときのポスト

僕は色が聴こえる基質がある。

選択
各アルバムでは、自分の心に近いものを録音しています。しかし、ステージでの経験を経て初めて、スタジオに入ってマテリアルを録音したいと感じます。ドビュッシーとシマノフスキの作品を録音したいと強く願った時期があり、直近の演奏会シーズンで演奏した曲から選びました。

インスピレーション
最大のインスピレーションは、ドビュッシーと彼の音楽です。僕は作品自体の中に、そのロジックと意味に深く浸透できるような環境づくりに努めました。自分に近いと感じ、演奏したいと思える作曲家のスタイルを、ずっと探してきました。一番重要なのは、ドビュッシーについて、他人ではなく、僕の解釈(演奏)を作ることです。もちろん、ドビュッシーの解釈で僕がよく知っているものは全て、作品の歴史をなしています。しかし、作曲家と彼のスタイルに関する知識、そして僕の直感は、自分にとってとても重要なものです。

録音
一番重要なのは、ピアノを選ぶことでした。色彩と音の陰影を追求でき、かつ、シマノフスキのソナタに必ず必要な、大きな音量、力強い低音を特徴とする楽器である必要があります。そのような理想的な楽器を、ハンブルグで見つけることができました。すでにハンブルグの演奏会で知っていた楽器を選びました。もう一つ重要なステップは、スタジオでの作業でした。録音に必要な広大な空間感と、あらゆるニュアンスを生み出せるようマイクをアレンジしました。録音はフォー・サイド・サウンドで行いました。これまでのアルバムとは異なった方法ですが、その他の質や施設・設備は以前と同じものです。

色彩
演奏していると、異なったイメージが現れます。ドビュッシーの作品では、これらイメージが音楽の印象主義的思考の重要な一部を成します。この場合、色を聴く必要があります。色を見るわけですけれども。シマノフスキの作品でも、僕は色彩のスペクトル全体を聴いています。僕は、このように、色を聴くという性質があるのです。たとえば、ロ長調はオレンジト長調は緑ニ長調は青です。幸い、これらの色は、さほど支配的ではなく、音楽の解釈や他の色の探求を干渉することはありません。イ長調で書かれた曲を演奏するときは、黄色を感じるのですが、他の色合いを探そうとする、強い動機付けとなります。音楽では、色は重要な役割を果たします。僕はこのようなスタイルでやっています。

**2010年の別のインタビューで、ラファウ・ブレハッチは色について同じ発言をしています。ご興味がありましたら。→


★☆。.:*:・"゚★('-^v) I'm listening (v^-')★。.:*:・"☆★

英語ブログでこの記事をアップした日(1月31日)、ちょうど日本で、新アルバム(輸入盤)がリリースされたので、CDジャケットとラベルに書いてあった文章をアップしました。

From the CD cover:
"An emerging titan" (San Francisco Classical Voice) plays two composers closest to his heart, Debussy and the pianist's great Polish compatriot Szymanowski.
"There's a lot of expression in Szymanowski's sonata - beautiful melodies, interesting harmony and wonderful modulations - I think audiences will love it".(Rafał Blechacz)




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ラファウ・ブレハッチのインタビュー (podcast)

新アルバムのリリースに伴うインタビューで、オーディオで公開されているものを集めました。
ラファウ・ブレハッチの最新の声がきけます。


auslandsdienst.pl (ポーランドラジオのドイツ語部門)
2月17日、ドイツでのアルバムリリースに伴い公開。
インタビュー:ポーランド語、ドイツ語のボイス・オーバー


WDR 3 TonArt (ドイツ)
2月15日に放送済みのpodcast、インタビュー:英語、ドイツ語のボイス・オーバー


Rai.TV (イタリア)
これは少し古くて、2011年3月のローマ公演の際に収録されましたが、今回のアルバムにも触れています。イタリアのファンの方が訳してくださった英語テキストがあります。
インタビュー:英語、イタリア語のボイス・オーバー

RTVE (スペイン)
今月始め、スペインでの3日連続演奏会の直前に収録。
インタビュー:英語、スペイン語のボイス・オーバー


Płytomania of Polish Radio 2 (ポーランド)
2月5日放送済みのpodcast。ごく触りの概要部分のみ英語テキスト:レビューインタビュー
放送音声はは全部ポーランド語です。




ブレハッチの新アルバム「ドビュッシー・シマノフスキ」のレビュー、イギリスThe Telegraph


新アルバムには数多くのレビューが既に書かれています。
こちらは一番最新の、イギリスのThe Telegraph (The Daily Telegraphの電子版)に、2月17日にポストされた、ジェフリー・ノリスによるレビューです。

ブレハッチがシマノフスキをアルバムに含めたことには、母国ポーランドの論説では賛否両論が見られますが、このノリスのレビューはそういう聴き手の迷いを振り切るような爽快感がありました。

The Telegraphのサイト
Geoffrey Norrisについて,


(Quote)
2005年のショパン国際ピアノコンクールで全ての賞を受賞し席巻して以来、ポーランドの若手ピアニストラファウ・ブレハッチは、当然のことながらショパンのスペシャリストとみなされてきた。

しかし、彼のドイツ・グラモフォンでの録音は、2007年の「前奏曲集」、2009年の「ピアノ協奏曲」というショパン作品の間に、ハイドン・ベートーベン・モーツアルトのソナタ集も出している。

今回の荘厳なCDで、彼は再びショパンから離れ、ドビュッシーとシマノフスキのプログラムでショパンを棚上げにしている。更に、ドビュッシーでは、「ピアノのために」、「版画」、「喜びの島」という定番を取り上げたのに対し、シマノフスキでは、一般的な「メトープ」や「仮面」から離れ、代わりにかなり知名度の低い「プレリュードとフーガ嬰ハ短調(1905)」と「ソナタ第1番(1904)」に焦点を当てている。

@BBC3. Oct.25, 2011
共に初期の作品で、「メトープ」や「仮面」より10年も前に作曲されたが、シマノフスキのその後の音楽を特徴づけることになる激しく強烈な表現の萌芽が現れており、一方で、ショパンの遺産やドイツロマン派の伝統も受け入れている。

ソナタでは、シューマンの影響力や、スクリャービン的な趣、歓喜、和声の自由という特徴が見られるが、ブレハッチの演奏では、円熟し個性的な声部を引き出しており、力強い勢いのフーガから成る最終章や、スローな楽章の痛切な繊細さ、そして、構造の劇的な幅広さにも対応することによって、極めて確信に満ちた作品となっている。

このアルバムは、シマノフスキだけでも価値ある内容だが、ブレハッチのドビュッシーは、明快な色彩と、欠点なく重み付けをしたアーティキュレーションが素晴らしく、熟練し、創作力に富むタッチによって音楽の個性と心象を包摂している。

(Unquote)



2012年2月17日金曜日

ラファウ・ブレハッチのインタビュー(T-Mobile、ポーランド)


ラファウ・ブレハッチの新アルバム「ドビュッシー・シマノフスキ」の発売に伴い、ヨーロッパでは非常に多くのインタビューやレビューが連日のようにウェブ上でも発表されています。ブログでも紹介したかったのですが、量が非常に多く、私の使える時間も限られているため、これまでは英語側の更新でいっぱいいっぱいでした。英語側もまだ掲載できていないバックログが多数あります。今週末は少し時間がとれますので、こちらでもいくつか紹介できたらと思っています。

以下は、T-Mobile Musicに、2月6日に掲載された、ラファウ・ブレハッチのインタビューです。新譜のプロモーションのため1月末にベルリンを訪れた際のインタビューの1つです。
新譜に関するインタビューは、ある程度想定問答が定まったようなものも多いのですが、このインタビューは少し変わっていて、是非掲載したいと思いました。ブレハッチの知性パワー全開、という感じです。質問者が自分の特定の興味に執着しているのに対し、ブレハッチは翻弄されず自分にとって大切な本質を淡々と話しています。特に、後半で、ブレハッチが、聴衆の役割について分析的に話す部分や、演奏者としての自分の使命を話す部分、とても興味深かったです。

なお、私はオリジナル言語の専門家ではなく、哲学の知識もありませんので、関連語彙等の正確度についてはご容赦ください。また、音楽用語、哲学用語で知識をお持ちの方からのフィードバックをお待ちしております。


T-Mobileのオリジナル記事

英訳したもの

人気は副次的な結果にすぎない。

メディアからの注目という点では文句のつけようがないようですね。クラッシック音楽では、ほとんどの時間を技術の向上に振り向けて、プロモーション的な仕事をするのは大変ではないですか。

確かに、新しいアルバムが音楽市場に投入され、今日のようなイベントもメディアからのサポートが必要です。ベルリンでもいくつかインタビューを受けましたし、あと数日はプロモーションにあてることになります。もちろんレーベルがとりまとめの窓口ではありますが、メディアからの提案は全て僕に提示されますので、最終的にプロモーションをどう行うかは、全て自分で決めることになります。
メディアとの関係については、クリスティアン・ツィメルマンからのアドバイスもあるのでしょうね。

彼は確かに自分の経験を話してくれました。ただ、彼がショパンコンクールで優勝したのは30年も前だということは認識しておく必要があります。以来、世界も変わりましたし、異なった方法で運用するメディアも登場しています。僕には少し異なった経験も必要でした。コンクール以降の6年間、そうした経験も積むことができたと思っています。

しかし、メディアから注目されるのは、良い兆候ですね。あなたのコンクールでの成功で、より多くの人々がピアノ音楽に興味を持ち始めました。

ええ、それはとても重要な現象で、特に若い人達にとって意味あることだと思います。ショパンコンクールも最大の音楽イベントのひとつですし、この傾向に貢献しているでしょうね。コンクールが5年に1度のみ開かれる、というのは重要です。稀にしか得られないものほど、価値が大きくなりますから。ショパンコンクールは、ポーランドだけでなく、世界中で威信あるものと捉えられています。また、コンクールは別としても、フレデリック・ショパンの作品は、こうした種類の音楽に人々を惹きつけます。多くの人々を惹きつける、磁石のような音楽ですね。

アメリカや日本では、クラッシック音楽の演奏家が有名人の地位を得ていますが、こうした現象はポーランドでもありえるでしょうか。例えば、ゾフィー・ムターやジョシュア・ベルが西欧で見せているような人気です。

悪いことではないと思います。実際、より多くの人々がクラッシック音楽を聴けるということですから。このプロセスは深まっていき、正しい方向に行くと思います。どんな音楽が提示されるのか、録音されるアルバムとそのプロモーションの仕方が、この方向性に大きな影響を与えるでしょう。僕の場合、もし人気を得るための進路を広げなければならないとしたら、それは決して僕の仕事の目的ではありません。人気が出るとしてもそれは副次的なことで、僕が録音のために行なった仕事の良い意味での結果だと思います。これが自然なプロセスの結果だとすれば、とても良いことです。でも、もしこれが音楽の仕事をする目的になってしまったら、既に疑いが出てきてしまいます。確かに、アーチストに人気が出ると、彼の音楽にふさわしい、より多くの聴衆に聴いてもらえるようになります。日本やドイツでは、多くの若い人達がクラッシック音楽のコンサートに訪れています。

確かにそうですね。ただ、才能よりもプロモーションが重視されることもよくあります。極めて能力た高いのに、広報が十分支えてくれず、より多くの聴衆を得るのが難しい音楽家も大勢います。その逆も―実力はさほどなくてもプロモーションが活発で多くの聴衆が聴くということもありますね。

音楽家のパーソナリティもいろいろで、個人の性格によって変わってくると思います。自分のことをプロモーションすることにはあまり興味がないアーチストもいて、――僕はその分類に入ると思いますし、そういうふうに振舞うことが自然で、自分の性格に合っていると思っています。一番大切なのは、自分が確信していることを行う、ということです。僕は、コンサートで、シマノフスキーやドビュッシーの音楽に強い関心が持たれていると感じると、このレパートリーを録音して永続的なものにしようと考えます。とりわけ、ヨーロッパでは余り知られていないシマノフスキの音楽のことを、よく考えています。今回のアルバムを作った理由のひとつは、西欧の聴衆に、シマノフスキの音楽に近づいてもらうことでした。

Polish Institute, Berlin, Jan. 2012


シマノフスキとドビュッシーを1枚のディスクに並列する、というのは、この2人の作曲家のピアノやスタイルの質感の類似点を示したい、という欲求からでしょうか。あるいは、その逆でしょうか。

むしろ、ふたつの異なった世界の鋭い対比を示したかったのです。もちろん、シマノフスキの印象主義の時代の作品、ドビュッシー音楽のスタイルを実際に示唆するような作品を選ぶことも可能でした。しかし今回はコントラストの原則を選びました。全く別の音楽の領域を、表現主義と印象主義を対比しようと思いました。このふたつの世界をつなぐ唯一の条件は、ヴィルトゥオーソ的要素のみです。しかし、この要素も、2人の作曲家では非常に違います。シマノフスキでは、オクターブや和声の要素が支配的ですし、ドビュッシーでは、ヴィルトゥオーソ的側面はもう少し軽い形で、アーティキュレーションや指で表現されます。

ドビュッシーの作品を演奏する場合、音の絵画の情緒や感覚的側面よりも技術面を重視していらっしゃいますか。

ドビュッシーは特にそうですし、僕の場合は全般的に言えるのですが、技術と音楽的な層を切り分けていません。作品に向かう時は、作品全体のロジックやメッセージに深く入り込んで行き、最善の演奏をし、作品を冒険のように体験します。「版画」の場合、すでに10年もこの作品を体験してきて、今だに僕を魅了し続ける作品ですが、解釈のアプローチはその間変わり続けてきました。もちろん技術的な層は作品にとって絶対的な基礎を成すものであり、議論の余地はありません。技術はマスターしなければならない。しかし、これは感情やメッセージを運ぶ担体でもあるのです。以前、シマノフスキの作品の方がドビュッシーよりもむずかしいですか、と問われたことがあります。何とも言えません。技術面だけを分析すればそうなのかもしれませんが、ドビュッシーの音楽に深く浸透していくと、別の難しさがあるのです。例えば、和音のバランスをとるために、実際全部の指が、独自の色を表さなければなりません。特定のコンポーネントを強調するだけでなく、個別の色で各コンポーネントを区別する必要があります。しばしば、音の色やその強さを明確にします。僕にとって、雰囲気の投影は色を通じて的確に捉えることができました。ドビュッシーの音楽の方が容易だとは一概には言えません。難しさの種類が違うのです。

各作品やジャンル、音楽史のある特定の時代は、それぞれ固有の勉強が必要でしょうか。特に作品の理解や感じ方という意味でです。つまり、各人はそれぞれ、自分の個性に一番合った音楽史の特定の時代を見つけるべきでしょうか。

一般化して言うのはむずかしいですね。音楽の世界には、古典派やバロック音楽を専門にするアーチストや演奏家がいる一方で、絶対的に多方面の才能があるピアニストが、色々なジャンルや時代の作品を本当に素晴らしく演奏する、ということもあります。先ほども言いましたが、感受性や作品との冒険がまずは大切です。というのは、もし僕がある作品に多くの時間をかけて取り組むと、すでに作品のことがよくわかります。この音楽が自分にどう影響するのか、またはどう受け止められるのか。従って、僕にとって重要なのは、自分が感じることができる作品だけを演奏することです。その状態はどうやったら得られるのでしょうか。ステージでの経験、様々な場所で様々な楽器で演奏を示すこと、作品に取り組み、作品への取り組みから離れること――これらの段階を全て踏んだ後に、僕は自分に問いかけます。――今こそ、スタジオに行って、この作品を録音する時じゃないのか、と。僕にとって、この道筋はとても理論的なものです。とりわけ、作品を他の人に対して演奏すること。なぜなら、この目的のために、音楽の美しさを他者と分かち合うために作品はこの世界に存在するのです。 聴き手のシマノフスキやドビュッシーに対する反応、聴き手とのコンタクトは、音楽家と彼の聴衆との間に作用するエネルギーと言えるもので、とても重要な、大切な要素です。

ご自分のことを、そうした、多方面の才能がある演奏家だと思いますか。どの作品でも、その前に座ってそこから何かを必ず見つけることができますか。あるいは、自分は決して感じることができない、というような作曲家や時代はあるのでしょうか。

全ての時代の様式や作品を試したことはまだありませんよ(笑)。音楽教育や、初期のコンサート、聴衆との経験など、僕がこれまでやってきたことを分析すると、これまでも、そして今も、バロック音楽と古典派音楽に焦点をあてていることがわかります。また、古典派と印象派の傾向も、自分にとても近い所にあり、これが、ショパンの解釈を開拓しました。というのは、この色彩の要素、音への感受性そしてポリフォニーは、ショパン音楽にとって非常に大切だからです。ショパンはヨハン・セバスチアン・バッハを愛し、ポリフォニックなアプローチが明らかに彼の中に存在します。また、僕に大きな影響を与えたものとして、オルガン音楽があります。僕が初めて音楽に魅せられたきっかけでした。これらの4つか5つの様式を僕は示そうとしており、とてもうまく出来ていると思います。感情に偽りがあると、聴衆はすぐに気づきます。アーチストが、自分のやっていることに完全に確信が持てないと、彼の演奏は聴衆の心に届きません。アーチストがステージで、自分のストーリーを語っていると感じると、これも違った印象を与えることになってしまいます。今僕は、シマノフスキの音楽に集中していますが、ショパンコンクール以降、多くのリサイタルで彼の曲を演奏してきました。今は更に、ヴァイオリンソナタにも取り組んでいて、来年、室内楽を演奏する機会があります。音楽ファンにピアノ曲だけでなく、シマノフスキの他の音楽を披露できるのを、とても嬉しく思っています。  

バロック、古典派、ロマン派の音楽は、主旋律が主導し和声があって、あまり知識のない聴衆でも簡単に受け止めることができます。しかし、十二音技法やポストモダニズムで起きることについては準備ができていません。ポスト十二音技法や無調主義等へレパートリーを広げようとするアーチストは、聴衆に届けるのにもっと困難を感じないでしょうか。ショパンなら、最低限の感受性を持つ人であれば万人に愛されるでしょうが、ショスタコーヴィチやプロコフィエフですと必ずしもそうではないでしょう。この場合、おっしゃたような原則はあてはまりますか。演奏家が作品を真に感じ取り、誠実に演奏すれば、準備のできていない聴衆であっても、受け止めることができるのでしょうか。

十二音技法の音楽は確かに難しいと思います。この場合、作品の技術はどのようなものかを明確にするなど、聴衆の側の準備が必要ですね。感受性は明らかに重要ですが、ショパンを聴く際も、感受性だけでなくある程度の知識が必要です。僕は、ロマン・インガルデンの著作に感銘を受けています。彼は、音楽体験を知覚する主体としての聴き手の役割は、能動的なものだ、と書いています。これは主に感受性に依存しますが、ある種の知識や態度にも依存します。もし、音楽を知覚する聴き手からの善なる意思が欠けていたら、つまり、何か美しいもの、あるいは、何か形而上的な経験であると立証できるものを経験したいとの意思が欠けていたら、(演奏家に)良い影響はもたらさないでしょう。 音楽はまた、徳を形成するものでもあります。例えば、バッハのカンタータなど宗教的な作品を扱っている時、聴き手の人格が変わることがあります。音楽作品はこのような力、明瞭な含蓄を持っており、感情を喚起し、ある種の思考や行動を導きます。 音楽を知覚する聴き手の役割は、絶対的に重要です。演奏家の使命もとても重要で、他の人間のために演奏すること、他者の心、ある意味で他者の人生のために演奏するのだということを、肝に銘じておくべきです。

20世紀の音楽はエリート的だとのセオリーに同意しますか。例えば今の場合、無調音楽、長短調が減衰するシステム、それもなお、万人に自然に理解できるでしょうか。理性が最重要なものを導き、感情や印象を支配するのでしょうか。

理性・知性・感情の領域は常に難問ですが、音楽においてもそれらの要素のバランスを自然にとるのは課題です。20世紀の音楽については、待つ必要があると思います。これまでも、歴史が、状況がどう展開するのかを検証してきました。ヨハン・セバスチアン・バッハの作品が忘れられた時代もありましたが、後年、例えばメンデルスゾーンの努力によって状況は変わり始めました。ある音楽が人間の歴史の中でどのように位置づけられるかは、検証するまで時間がかかるのです。

作曲が、音楽のオリジナルなアイディア、芸術の最も自然で直接的なアイディアをある意味否定することが、いまや普通になっていませんか。多分私たちは、今日の音楽で起きていることを、プロフェッショナルな音楽でもそれ以外で起きていることも、受け入れるべきではないでしょうか。単に現実の反映、複雑で異常なものになっていませんか。

様々なアプローチがあるのだと思います。例えばゾフィア・リッサは、音楽作品については、それが作られたコンテキストや作られた時(時代)、作曲家の経験等を理解しなければ、作品の理解はできないと主張しました。確かに、そうした理解によって、聴衆による作品の受け止めも、演奏も豊かになります。僕にとっては作品へ入っていくこと、そのロジックやメッセージを掴むことが最も重要で、ある意味、果てしないものがあります。そうでなければ、ある音楽作品は全ての人に影響し、作品の中の漠然とした部分が彼の人格に作用するでしょう。しかし、全ての音楽作品は、ある意味で、それらが作られた現実の反映でもある、という事実は、無視できないと思います。


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2012年2月11日土曜日

ラファウ・ブレハッチの新アルバム、ポーランドでゴールド・ディスクのステータス

ポーランドでは、ブレハッチの新アルバム「ドビュッシー・シマノフスキ」が、発売後1週目(正確に言うと3日目)で、ゴールド・ディスクのステータスを獲得しました。

2012年2月6日月曜日

マドリードで美しいベートーベン(3)

ラファウ・ブレハッチは、2月5日のマチネでも、力強くかつ洗練された演奏で満席の観客を魅了し、同じマズルカをアンコールに演奏しました。ブラボ!

2012年2月5日日曜日

マドリードで美しいベートーベン(2)

ラファウ・ブレハッチは2月4日もマドリードにてベートーベンの協奏曲を演奏しました。前日と同様、観客の拍手が止まず、アンコール(マズルカop17-4)で応えたとのことです。マドリードでの最終日の5日日曜日はマチネ公演となります。

2012年2月4日土曜日

マドリードで美しいベートーベン

ラファウ・ブレハッチは2月3日、マドリードの国立音楽堂にてベートーベンのピアノ協奏曲第4番を演奏しました。(演奏:スペイン国立管弦楽団、指揮:ジョセップ・ポンス)
美しい演奏は観客を魅了し、アンコールにショパンのマズルカop17イ短調を演奏したとのことです。



program page of the orchestra
Auditorio Nacional program page

click to see the panoramic view of the hall







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Interview videos from styl.pl (Polish)


Interview video uploaded by Universal Music Poland (Polish)






2012年2月2日木曜日

ラファウ・ブレハッチ、ポーランドラジオでのインタビュー(podcast)

2月1日、ポーランドラジオ2で放送された、ラファウ・ブレハッチのインタビューが、podcastで聞けます。日曜日に放送になるインタビューの一部です。

ポーランドラジオ2のウェブサイト
ブレハッチの写真の下のスピーカーアイコンをクリックしてください。インタビューは約4分ですが、先に20秒のCMが入ります。

ブレハッチのインタビュー/新アルバムの放送予定(2)

ポーランドラジオ2でも、新アルバムのレビューとインタビューの放送があります。

2月5日(日)の23:00(日本時間)から、

Polskie Radio time table
番組を聴くには、Dwójkaの隣のスピーカーアイコンをクリック。

番組内容は、カレンダーの 5日→Dwójka→15:00 Płytomaniaで、以下の内容があらわれます。

"informacje o audycji:
Audycja Jacka Hawryluka
Rafal Blechacz gra Debussy’ego i Szymanowskiego – nowa płyta wytwórni Deutsche Grammophon
Dyskusja z udziałem Kacpra Miklaszewskiego i Andrzeja Sułka oraz rozmowa z Rafałem Blechaczem"

ホスト:Jacek Hawryluk
ラファウ・ブレハッチ、DGの新アルバムで、ドビュッシー・シマノフスキを演奏。
Kacper Miklaszewski とAndrzej Sulekとのディスカッション、および、ラファウ・ブレハッチとのインタビュー。


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CD Journalに、新アルバムの紹介記事が載っていました。