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2012年11月12日月曜日

ラファウ・ブレハッチインタビュー ( PIANiSTE、フランス)

English

ラファウ・ブレハッチのインタビュー、フランスの雑誌 PIANiSTEの5月号に掲載されたものです。

オリジナル・インタビュー


ラファウ・ブレハッチ - 対比の調和
by Stéphane Friédérich

-- 印象主義が、ドビュッシーとシマノフスキを理論的に結びつけたのですね。

実際、それがこのプログラムの最初の考えでした。しかし、結果的に随分違うものになりました。最初に考えていたのは、シマノフスキの第2期の作品、例えばメトープop.29など、ドビュッシーの印象主義に近いものでした。最終的に選んだのは、2人を対比させること、それぞれ独自の言語を生み出した2人の音楽家の、色彩や気質の違いを際立たせることでした。私が選んだ時代は、印象主義と表現主義の両方を連想させます。ポーランド人作曲家では、フランス人作曲家の「版画」の「グラナダの夕べ」と同様、転調は不意に訪れます。スタイルは違いますが、2人の作品は同じ源流から流れる、近い感覚を持っています。

-- シマノフスキにおける変調の芸術は、ショパンにその起源があるといえます。このことは若いドビュッシーにもあてはまりますか?

もちろんです。ただ、私のドビュッシーの解釈はショパンの作品の影響を受けた、と考えておられるようですが、実際は全く逆のことが起きたのです。ドビュッシーの音楽は、私の音の世界の重要な部分を占めており、だからこそショパンを異なった形で解釈できるのです。さらに過去にさかのぼってみましょう。ドビュッシーの作品の特徴は、主に古典作品を非常に敬愛していたところにあります。「ピアノのために」の「前奏曲」には、古典派の尊重が際立って表れています。この曲を演奏するには、左右の手は完全に独立させる必要があり、また、クァジ・スタッカートであることを考え、ペダルはミリメートルで使わなければなりません。さらに、バッハのパルティータのような明瞭なポリフォニーを意識する必要があります。

-- 音楽における印象主義とは何でしょう?

もちろん、絵画における印象主義の聴覚版、ではないですね。印象主義音楽というと、音色の不明確さとか、常にペダルを使うという印象があるようです。ドビュッシーの音楽は、全く逆で、それまで書かれた音楽の中でも、最も精密な音楽なのです。演奏家は実験はしません。つまり、すでに色彩についてよく考えられており、楽譜に明示していないものは弾かないのです。

-- シマノフスキのソナタop.8のメヌエットは、フランス音楽の精神が生きているようです。ラヴェルのソナチネにも非常に近いものがきこえます。

私も同じ意見です。どちらの曲も、、シンプルだけれど非常に豊かな倍音の、ポリフォニックなフラグメントから成り立っています。このソナタは古典派の様式にとても近いです。しかし、ドビュッシーの、例えば「喜びの島」を見ても、やはり非常に古典的なものを組み合わせています。ヴァトーの絵画から感化を受けた作品であることは、いうまでもないでしょう。

-- 古典派の影響に加えて、ドビュッシーやシマノフスキでは異国風の趣が含まれていますね。

アジア的な強い異国情緒については、ドビュッシーの場合、例えばガメランに魅せられたことが知られていますが、私はコンサートで初めて演奏したとき、それを理解することができました。日本で、浜松のコンクールで入賞したときのことです。そのとき、東京や北の方の寺院や塔を訪ねる機会がありました。こうした場所の雰囲気に深く感銘を受けました。その少しあと、今度はスペインのグラナダに行きました。この街では、全く別の異なった文化や音の局面がありました。前後して訪れた、この2つの場所の経験は、私の弾き方に深く影響しました。作曲家が感じていたことが、よりよく理解できました。ドビュッシーはスペインに行ったことがなかったのですが、彼の音楽には信じられないくらい本物のスペインが復元されています。一方、シマノフスキは、第一次世界大戦の前に北アフリカを旅したのですが、彼も未知の文化に大いに影響を受けました。

-- しかし、シマノフスキの場合、ポーランドの民俗音楽の影響が大きいですね。

彼がポーランドの民俗音楽に還り、マズルカを始めたのは、もっと後の、1920年代になってからです。しかし、ショパン同様、シマノフスキも古来の舞踊に感化され、現代の言語に色彩を与えたのです。彼の楽譜は舞踏的なものではありません。

-- ドビュッシーのレパートリーについて、過去のどの演奏家のものを参考にしていますか。

アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ、アルフレッド・コルトー、ヴァルター・ギーゼキング・・・コルトーの「子供の領分」は深く感動しました。彼は作品の新たな解釈を行なった巨人たちのひとりです。しかし、私が最もよく覚えているのは、この巨匠たちの、解釈上の各変数を決める、構成のセンスの素晴らしさです。彼らの芸術は広く発展し、哲学的なルールにまでなりました。アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリは、知的な探求と、純粋な感情表現を組み合わせるという意味で、確かに最も成功した演奏家といえるでしょう。

-- あなたの受けた音楽教育についておしえてください。

私の家族にはプロの音楽家はいません。しかし両親は音楽が好きで、家にはいつもピアノがありました。初めて音楽に感激したのは、ピアノではなくオルガンでした。子供の頃、教会に行き、オルガニストになりたいとあこがれました。はじめはプライベートなレッスンを受け、その後ビドゴシチの音楽学校に通いました。少し後になってから、初めてポーランドのコンクールで優勝したとき、確かにピアノが自分の楽器だと思いました。プロの音楽家になろうと思ったのはもう少し後ですが、聴衆が感激してくれることが嬉しいことだとわかった時です。オルガンをやめたことはありません。自由時間があって(教会の)オルガンの場所に行ける時には、自分で楽しむために弾いています。もっと若い頃、作曲もしていました。音楽家というものは、ひとつの楽器だけでは満足できないものです。他の芸術表現からも栄養を得る必要があります。長い目でみると、そういうことが不可欠になってきます。私の場合は、小説や音楽の哲学の本をを熱心に読みます。それから映画も大好きです!

--あなたの先生、ビドゴシチの音楽学校のヤチェク・ポランスキ氏とカタジーナ・ポポヴァ=ズイドロン氏には、どんなふうに教わりましたか。

最初の先生、ヤチェク・ポランスキ先生のもとでは、主にバッハを学びました。先生の教え方はとても伝統的なやり方で、ピアノの技術に基づいていました。先生のおかげで、11歳の時に、ゴジュフのバッハコンクールで優勝することができました。チェルニー、クレメンティ、モーツァルトなど、主に古典の作品をたくさん演奏しました。「初めての」ショパン体験は、ノクターンのop.32-2でした。このメロディや和声の美しさは、かなりの衝撃で、ショパンの音楽をもっともっと弾きたいを思いました。次の衝撃は14歳の時おとずれました。シマノフスキの曲を集めたリサイタルを聴いたときです。それから、カタジーナ・ポポヴァ=ズイドロン先生は、素晴らしいショパン奏者なのですが、先生を通じてドビュッシーの作品を発見したのです。

-- キャリアの始めの時期、特にショパンコンクールの後を、どのように過ごしましたか。

最も重要なのは、演奏会と録音、そして鍵盤を離れた生活とのバランスをとることでした。音楽家にとって、自分を振り返る時間や休息、新しい曲を学ぶ時間は、ピアノに取り組む時間と同じくらい大切なものです。そのための時間が必要なので、演奏会のステージに登る回数は制限しています。大体、年に40回から45回に決めています。

-- 今はどんな曲にとりくんでいますか。

今は、いくつかのコンチェルトを練習しています。来年は、ソロリサイタルよりは、オーケストラとのコンチェルトに力を入れます。室内楽も、現在、モーツァルトとシマノフスキの作品を練習しています。2013年の6月に、ベルリンのフィルハーモニーホールで、ベルリン・フィルのソロ・バイオリニストの1人である、ダニエル・スタブラヴァと共演するためです。ピアノのソロ曲としては、タンスマンとルトスワフスキなどの曲に取り組んでいます。ショパンのマズルカを全曲録音するのがひとつの夢です。(マズルカは)2,3曲を弾く事自体は、比較的簡単です。しかし全曲を、しかもそれぞれの時代にあった最も適切な解釈を見つけるのは、もっとずっと大変です。各作品ごとに、異なった楽器や音響を選んでいくことになるでしょう。


-- 楽器の選択は特に重視なさいますか。

楽器そのものよりも、調律、特に調和の方が重要です。しかし、楽器を選ぶ可能性があるなら、ひとつのチャンスです。ドビュッシーとシマノフスキの録音では、これを行いました。とても色彩豊かであり、かつ、特にシマノフスキのために、ダイナミクスが非常に大きいですので大きなパワーのある楽器を使いたかったのです。

-- シマノフスキの音楽にとりくむ、アマチュアのピアニストにアドバイスはありますか。

質問の趣旨がはっきりしないのですが。というのは、シマノフスキの作品には、本質的な技術能力が求められます。この作曲家の第1期の作品は避けた方がいいでしょう。非常にヴィルトゥオーソ的なところが頻繁にありますから。マズルカなど成熟期の作品や、前奏曲op.1は、もう少し弾きやすいと思います。しかし、純粋にピアニスティックな側面以上に、作品の雰囲気や様式が特殊であるという事実があります。作品の2つの側面、一方に技術、もう一方に音楽の再生がありますが、この2つを切り離すことはできません。シマノフスキの作品は、解読から始まって、全てに真正面からとりくまなければなりません。この音楽を熟知した演奏家の演奏を、まずは聴くところから始めるべきですね。これが、様式を見誤らない、唯一の方法だと思います。

-- ヴィルトゥオーソと言う場合、あなたにとってはどんな意味合いがありますか。

ヴルトゥオーソ性によって、自分の手の物理的な状態を判断できます。。それだけです。私の場合は、例えば、ゴドフスキーが「編曲」したショパンのエチュードを弾いているとき、自分を確認することができます。

-- 練習はどんなふうに行っていますか。

コンサートツアーに出ている時は、普段より練習は少なめです。奇妙にきこえるかもしれませんが、心の状態をある意味新鮮に保ちたいし、リサイタルで可能な限りベストの演奏をしたいからです。また、可能な限り、演奏する場所の雰囲気に浸りたいのです。そうでない場合、普段ですと、1日6,7時間ピアノの前にいますが、何回も休憩をはさみます。1日の始めには、現在コンサートプログラムに入れている曲を弾きます。若い頃は、1日の始まりは、ゴルトベルク変奏曲の2,3曲などバッハの曲と、ショパンのエチュードでした。

-- バッハとショパンといえば、エディションには気を遣う方ですか。

ショパンは、特にワルシャワのコンクールの時は、パデレフスキ版を使いました。バッハについては、今日原典版は避けて通れないですね。私の場合は子供の頃から慣れ親しんでいたペータース版を使っています。

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