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2012年8月6日月曜日

ブレハッチのドビュッシー、吉田秀和さんの文章より

レコード芸術2012年4月号の吉田秀和さん「之を楽しむ者に如かず」
○フランス音楽とはなんだろう?――ブレハッチを聴いて――より

ブレハッチのアルバムを切り口に、深淵で美しい音楽作品の世界の旅に導かれるようなエッセイでした。ブレハッチへの言及は最初のほうです。今年の記憶のために、ごく一部のみ、引用させていただきます。

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・・・ショパンコンクールで世の中に出るようになったピアニストといっても、なるほどうまいピアニストには違いないが、ショパン弾きというのとはちょっと違うのではないかと思わせる人がつぎつぎ出てくるような時代になったような気がしている昨今、このブレハッチという人は、きいていて、なんだかショパンを思い出すような気配のあるピアノをひく人だなという気持ちをそそられたのをかすかに思ったのだった。
その後しばらく彼のことは忘れていたが、最近新しいCDが出たと、ひとにすすめられてきいてみた。・・・・

・・・(ドビュッシーの)最初の「前奏曲」をかけてきき出した途端「へえっ」と思った。すごく歯切れの良いというか何というか、威勢の良い口調で啖呵を切っているような出だしである。そうして、その威勢の良さはそのままずっと続く。こんな歯切れの良いドビュッシーは初めて聴いた。

音もきれい。

長い間きき慣れてきたフランスのピアニストたちのきかせてくれたドビュッシーとはずいぶん違う。絵画でいえば、モネやルノワールら印象派の人々の淡い霧のかかったような柔らかいトーンの音楽より、むしろ、スカルラッティか何かから出て、プロコフィエフにつながってゆくみたいな――少し誇張していえば、ね――スカッとダイナミックな音楽になっている。これをきいていると、・・・・そんな違ったひき方の人にこれまであんまり出会ったことがなかったのではないかと反省しないわけにいかなくなる。・・・




・・・とにかくこのブレハッチのドビュッシーは、私たちがこれまでききなれて来た若いドビュッシーから思い切って離れた、小気味のよいくらい若々しいドビュッシーになっている。

私など、はじめのいくつかの音がきこえはじめた時は、「これで良いのかしら?」とびっくりし、きき終えた時は、「フランスの音楽院の偉い先生方に叱られなかったかしら?」と、もう一度、誰かにきいてみたくなった。

・・・(版画は)それでも、こちらはさすがに少しあとで書かれた曲だし、演奏もちょっと常識的なものに近くなっているので、きいた途端胸がドキドキするようなことはなかった。と同時に、前回書いたアニー・フィッシャーのベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番のことを思い出した。・・・・・

・・・フルトヴェングラーは大指揮者だったが、彼のベートーヴェンが常に――未来永劫に――亀鑑であるというわけにはいかない。音楽とはそういうものなのだ。変な理屈をこねてしまったが、ブレハッチの演奏する若いドビュッシーに、私は久しぶりフランス音楽とは何だろう?と考えたくなってしまった。・・・
(引用以上)

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英グラモフォン誌がブレハッチのこのCDを、Recording of the Month(2012年5月)に選んだときのレビューでは、ドビュッシーの前奏曲出だしについて、次のように評価しています。

Track 1: 「ピアノのために」の「前奏曲」 0’00”
「ブレハッチのアタックは前例がない弾き方だが、実はドビュッシーの指示に忠実に弾いている。:non legato, assez animé et très rythmé (ノン・レガートで、充分活き活きと、極めてリズミカルに。)


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「前奏曲」の歯切れの良い出だし。



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