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2012年7月1日日曜日

グラモフォン誌の「今月のディスク」2012年5月、のレビュー

English

ラファウ・ブレハッチの「ドビュッシー・シマノフスキ」が、英グラモフォン誌の The Disc of the Month, May 2012に選ばれた、と、4月にお伝えしていましたが、同誌のレビューを日本語化するのを忘れていたことに最近気づきました。せっかくの受賞ですので、少し遅れましたが、日本語ををアップしておきます。





Recording of the Month

「多くの演奏家と違い、彼は、パッセージワークを印象主義の霧の中に浸すような傾向がない。むしろ作品のヴィルトゥオーソ性を強調しようとしている。」

ラファウ・ブレハッチの4枚目のDGの録音は新発見に満ちている。
ジェレミー・ニコラス

2人の作品が半々に入っているのだと思っていた。実際はひとつの連続した旅以上の、極めて価値の高い、音楽的に熟考された録音だ。ラファウ・ブレハッチは2005年のフレデリック・ショパン国際ピアノコンクールで5つの第1位を独占し一躍著名となった。その出来事の半年前、彼はドビュッシー(ベルガマスク組曲)とシマノフスキ(変奏曲作品3)、そして、明らかに生来の親和性がある2人の作曲家の作品を録音している。この共感が、今回のディスクによって――彼が2006年から契約しているDGによる4枚目の録音によって、さらに強調されている。

全曲が比較的初期の作品で、20世紀初頭の10年間に作曲されている。私は「ピアノのために」の第1、3曲目に見られる歯切れよいアーティキュレーションと、敏捷なペダルによる素早い動きがとても好きだ。(前奏曲の、はっとさせるような性急な始まりと、最後のページの素晴らしいジュー・ペルレ:真珠のタッチ)。多くの演奏家と違い、彼は、パッセージワークを印象主義の霧の中に浸すような傾向がない。(前奏曲、サラバンド、トッカータというこれら3曲の題名は、形式的な古典の題名であり、音詩の題名ではない)。彼はむしろ作品のヴィルトゥオーソ性を強調しようとしており、ドビュッシーがリストからいかに多くを学んだかを、思い出させる。

これに劣らず、別の理由で、私は彼の「版画」を心底堪能した。2年後の1903年に書かれた作品だが、全く異なった音の世界で満ちている。ここでピアノは画家となり、場所や出来事を想起させる。それゆえブレハッチも魅惑的で温かな官能性で応えるが(「グラナダの夕べ」を聴いてみるがいい)、私の耳には、ミケランジェリの冷たい客観性よりも、好ましく響く。皮肉なことに、彼はブレハッチのアイドルの1人なのだが。

「雨の庭」はまさにnet et vif (鮮明かつ素早く)であり、土砂降りの霰。「喜びの島」の燃え上がるようなエンディング、そして小休止のあと、私たちは静かに、自然に、同時代のシマノフスキの音の世界へと導かれる。


画家としてのピアノ:「版画」を演奏するブレハッチ

ブレハッチが選んだ2つの作品がコンクール絡みだったのは偶然だろう。前奏曲(1909) と4声のフーガ (1905) 嬰ハ短調は、ベルリンの音楽誌 楽壇警報(Signale für die Musikalische Welt) 主催のコンクールで第2位となった(前奏曲はこの機会に合わせて追加された)。審査員の1人ブゾーニは奇妙なことに、この作品をシェーンベルクの作品と取り違えた(その間違いは直ちにシェーンベルクによって正されたが)。私の耳には、この古典的感化を受けたテクスチャーに、スクリャービンの雰囲気やレーガーの迷路の対位法以上のものが聴こえる。シマノフスキの後期の様式のもろさや非定型なのかもしれないが、これは魅力的な小品であり、ブレハッチによって素晴らしく演奏されている。


有に20秒はある静けさの後、初期のソナタハ短調作品8が始まる。ここで、ショパン、スクリャービン、リヒャルト・シュトラウス等の影響がより顕著となる。これはシマノフスキの初めての循環形式の大曲で、ジグムント・ノスコフスキの元で学んでいた1903年から1904年の間に作曲され、1910年、リヴィウのショパン生誕100周年委員会が組織したコンクールで第1位を獲得することになる。

シマノフスキの友人アルトゥール・ルービンシュタインがかつて擁護し、その後演奏する演奏家はほとんどいなかったが、これは際立って効果的な演奏会用の作品である。4楽章から成るソナタは約25分の長さがあり、明らかにショパンを手本とするアレグロ・モデラートで始まる。感情の深まるアダージョに続いて、メヌエットで以前の時代を垣間見る。作品の進行に伴い、シマノフスキの自己確信が深まっていく、と感じる人もいるだろう。最終章は重々しい前触れのような導入部の後、印象深い3声のフーガとなり、これがぞくぞくするようなクライマックスへと続き、幾分過装飾のコーダで帰結する。

欠点があるにせよ、この作品はショパンのハ短調ソナタよりは優れており、記憶しやすいテーマは欠けているものの、シマノフスキの第2、第3ソナタよりは聴くのも弾くのも厄介ではない。作品8で入手できる他の録音は少なく、レイモンド・クラーク(Divine Art, 9/99)の評価が高いが、私が聴いたことがあるのは、マーティン・ラスコー(Naxos, 10/00) とマーティン・ジョーンズ(Nimbus, 9/94)だけだ。ブレハッチは、音楽への強烈な没頭においても、音のクオリティにおいても、先人達より優れている。


シマノフスキの第1番ソナタを
擁護する演奏家はごく少数。
シマノフスキの音楽は聴衆の人気を得ようとするものでは決してなく、彼の名も、レコードを売り上げるようなものではない。このソナタは、ブレハッチのような高い名声と様式上の権威を持った演奏家が前面に押し出し、コンサートで演奏しレパートリーの一部として確立する必要がある類の作品だ。

その意味で、若いスター演奏家を支持したDGには満点をつけたいし、 ブレハッチの演奏が、シマノフスキ没後75年の今年、彼の音楽を探求したいと願う人々にとって、入りやすく価値のある入口になることを願ってやまない。

 この素晴らしいディスクに対する私の唯一の不満は、このひどいブックレットと紹介の仕方である。作品や作曲家に関するバックグラウンドは何も書いてなく、演奏の労を取った才能ある演奏家についても、ほんの少ししか紹介されていない。これが格好よく当世風に見せようという試みであるならば、全く機能していない。演奏家と顧客に対して、失礼である。***(注)


リスニング・ポイント
このディスクの聴きどころガイド

Track 1: 「ピアノのために」の「前奏曲」 0’00”
「ブレハッチのアタックは前例がない弾き方だが、実はドビュッシーの指示に忠実に弾いている。:non legato, assez animé et très rythmé (ノン・レガートで、充分活き活きと、極めてリズミカルに。)

Track 1 :3’00” 
前奏曲は、高音部での羽のように軽い、流れるパッセージで、ほぼカデンツのように終了するが、ブレハッチは奇跡といえるほど粒のそろった、流暢な処理をしている。

Track 4: 「版画」の「塔」 
ブレハッチがピアノの音色をがらりと変え、ドビュッシーが1900年のパリ万国博覧会で聴いたジャワダンスを表現している点に注目。 1’59” から 3’10”のパッセージはとりわけ感情を呼び起こす。

Track 10: ピアノソナタ Allegro moderato
ソナタの怒涛のような始まりのあと、シマノフスキは 1’08”で第2主題を導入する。これは、ショパンがロ短調ソナタの第1楽章で行なったのと同じやり方だ。

Track 11: ピアノソナタ Adagio
ブレハッチのこの楽章の弾き方は、彼のショパンの演奏を自然に延長したかのようだ。

Track 14: ピアノソナタ Fuga
 4’14” のフーガの再現部の開始で、濃い対位法のパッセージとなり緊張が高まるが、ブレハッチは各声部を清明に、デュナーミクをつけて演奏する。
(レビュー以上)


prestoclassical.co.uk, のサイトで、受賞が報道されています。


***(注) 日本で発売されたCDのブックレットには、曲の紹介が入っていますが、欧州版にはこれがありません。ユルゲン・オッテンのエッセイのみです。筆者はこのことを批判しています。

***グラモフォン誌は今年をシマノフスキの生誕130年ではなく、没後75年として位置づけ、彼の業績を探求する記事も出しています。←

***ラファウ・ブレハッチは、プロモーションビデオでも述べているとおり、イェジー・ゴジシェフスキの演奏によって、シマノフスキに開眼しました。

イェジー・ゴジシェフスキについて(ショパン協会)

ゴジシェフスキの輸入盤CD(シマノフスキ)


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