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2012年4月14日土曜日

ラファウ・ブレハッチの内省的ピアニズム: インタビューとレビュー記事(ドイツ)


ドイツの雑誌 RONDO 2/2012より、インタビュー+CDレビューの記事です。主にドビュッシーについて。
ラファウ・ブレハッチがそこに座って静かに熱心に語っているような感じ、レビュアーの観察も、そうなんですよね、と頷いてしまうような、興味深い内容でした。

RONDO 2/2012のオリジナル記事
P.8 と 9 が、ラファウ・ブレハッチの記事です。


(Quote)
ラファウ・ブレハッチ
高級な自己抑制

5年前、RONDO誌のMatthias Kornemannは、初めてピアニストのラファウ・ブレハッチと話した。物静かで色白の、内省的な彼は、目先の成功や巧みなマーケティングによる売り込みとは全く縁遠い雰囲気だった。年間45回以上のコンサートは行わず、ポーランドの片田舎を頑として離れようとしない、変わり者はどう過ごしているだろう。遁世主義者はピアニストとしてやっていけるのだろうか。彼はできる。













内省的、禁欲的、そして謙虚。他の人物だったらキャリアを潰してしまいそうな特性が、ラファウ・ブレハッチの集中したピアニズムの瞬間に最高度に発揮される。


ブレハッチは今もナクウォだったか、グダニスクとワルシャワの間あたりに暮らしており、自ら宣言したとおり、多くて年間45回しか演奏会を開かない。以前のモットー:芸術家として成長するための時間が必要――は今も守っている。何枚かの超高品質のCDが、彼の熟考した完璧主義の証拠だ。この態度はピアノ演奏にとどまらない。

「2008年の10月に、哲学の勉強を始めました。現在、エトムント・フッサールのテキストに関しての論文を書いているところです。これは音楽の解釈学に関するもので、いずれ博士論文になるかもしれません。」

知的側面を掘り下げることで、新しい音楽作品の研究に視点が与えられる。

「録音の準備をしている時、僕は既存の解釈を解釈しようとは思いません。ドビュッシーであれば、ギーゼキングやコルトーの演奏は、すでに歴史の一部を成しています。この層は十分理解しなければなりません。僕は巨匠達が演奏したように、ではなく、楽譜の中にある音楽を演奏したいといつも思っています。作曲家の意図のみを重視しています。もし十分時間があれば、一見よく知られている曲を真にとことん経験することができるでしょう。どの曲も本当に素晴らしいので、全てのことが発見されていると考えるのは思い違いです。」

大抵の若いピアニストは、決まり文句を述べたところで話し止まる。しかし、この謙虚な若者はさらに熱を帯びてくる。

「2つのサイクル、ピアノのためにと版画は、全く異なったアプローチが必要です。前者の場合、タイトルが示すとおり、バロックの伝統と結びついていますので、そういう意味で全体的構造や味わいはより伝統的なものです。だからといって、トッカータをバッハと同じ響きで弾くべきだ、ということでは、もちろんありませんが、僕のCDでは、ここから版画へと移行する時に、音色の違いが聞こえるようにしたいと思いました。」

「雨の庭」では、彼が大好きな箇所がある。(75小節以降、楽譜で確認されても良いだろう。)

「どれくらい時間がたてば、このパッセージは本当に素晴らしくなるのでしょう?右手はある種のメロディーを、僕には水滴の落下を思い出させますが、弾いています。一方左手は伴奏の声部ですが、2つの音だけを順番に弾き、その下に和声の基本が置かれています。僕はそれぞれの声部に独自の色を見つけようとしました。上の声部ではいつも銀色がかった色をずっと求めて、ほぼスタカートで、少しだけ左ペダルを使います。軽やかで晴明な、だけど完全に透明ではない色を出したいのです。」


雨の庭、75小節付近
彼にとって好ましいインタビュー形式というのは、ピアニストとしての自己実現とか、楽器を探す苦労話よりは、1小節ごとに、あるいは1声部ごとに楽譜をつぶさに検討することだろうか、という印象を持つ読者もいるだろう。

「最近は、自分がやっていることをきちんと説明しなければ、CDは簡単に埋もれてしまいますから。」
と彼は、完成度の高い作品について職人的に述べてきたことを、少し申し訳なさそうに言った。


しかし、もしブレハッチの演奏のクオリティを本当に理解したいと思うなら、鋭敏な耳を持たなければならない。彼の芸術は、演奏会場を熱狂させるとか、2、3語の語彙で単純に特徴づけるような類ではない。彼の芸術は、専門家が拡大鏡を取り出して、細部が威厳ある明瞭さで抽出され現出するのを捉え、賞賛する、という類のものだ。その結果、例をあげるなら、通常の演奏であれば気づかないような中間声部の音符上のわずかな変化が、その音域において急に輝き出し、非常に貴重な、これまで聴いたことのない体験をさせてくれる。これを可能とするため、彼が音の追求に費やした膨大な時間に思いをはせる。
(End)


**今回はドイツ人のチェックは受けていません。正確度はその程度だと思っていただければ幸いです。

**Rondo誌との前回、5年前のインタビューに興味がありましたら、ブログ内検索ボックスに「ロンド」と入れれば出てきます。なんだか隔世の感があります。

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