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2012年2月19日日曜日

新アルバムに関する、インタビュー+ミニ・レビュー


ポーランドの日刊紙ジェチポスポリタに掲載された、ヤツェク・マルチンスキによるレビュー+インタビューです。新アルバムについてブレハッチは非常に多くのインタビューに応えていますが、このインタビュー記事は、それらの最大公約数的な内容で、コンパクトにまとまっています。

この記事のレビューは本当にミニなので、代表的なものを、追ってご紹介したいと思っています。

オリジナルインタビュー・レビュー on Rzeczpospolita 1月31日付け

英語ブログでのポスト

(Quote)
ピアニスト、新境地に

ラファウ・ブレハッチは最近、ポーランドよりも外国での演奏会が多い。彼の新アルバムは、従って、わが国のファン達を満足させる必要がある。

世界の音楽ショップでこのポーランド人ピアニストの新アルバムが発売となる2月7日、――これは彼のドイツグラモフォンからの4枚目のアルバムになるが、――ラファウ・ブレハッチは、スペイン国立管弦楽団との一連の演奏会を終え、マドリードから帰国していることだろう。そしてしばらく休憩をとった後、彼は再びヨーロッパへのツアーへと出発する。イタリア、フランス、ベルギー、オランダ、そしてルクセンブルク。

この演奏会日程は、基本的にプロモーション的な内容ではない。

「アルバムが店頭に並ぶ時、その曲にはもうもどりません。」とブレハッチは言い、彼のルールを説明する。
「新しい作品は、まず小さなホールや身近な人達を前に演奏します。その曲について、ステージでの経験を十分重ねた時に初めて、録音を考え始めます。しかし、人生で一貫した何かがあるのも、価値あることだと思います。新アルバムにも入るドビュッシーの”版画”との冒険は、10年前に始まりました。」

ハンブルクのピアノ


「全体として、このアルバムのアイディアは、2つの世界の対比でした。ドビュッシーの印象主義と、シマノフスキの表現主義です。」
とブレハッチは付け加える。彼は、次期作品の最も適切な音を数年間求めてきた旨、喜んで語ってくれる。
「ドビュッシーの”雨の庭”は、包み込み照らすような、銀色がかった感覚の色が必要です。一方、”塔”は、どちらかというと黄金色でなければなりません。こうした様々なニュアンスを抽出するために、音符を入念に読み込みますが、繊細にペダルを使用するなど、技術的な手順も必要です。また、楽器も非常に重要な課題でした。とても良いピアノである必要がありました。様々な音の陰影を探求するためのインスピレーションを与えてくれ、かつ、シマノフスキのソナタを弾くのに必要な、強力な低音を出せるような楽器です。」

彼は、そのような楽器をハンブルクで見つけた。スタインウェイD、モデルD、ナンバーは584364。

「初めてハンブルクで演奏した時、このピアノが記憶に残りました。」と彼は言う。
「その時すでに、この楽器はドビュッシーにとって良い楽器であり、かつ、より大きく集中したダイナミクスのある(シマノフスキの)作品にもふさわしい楽器だと思いました。他のピアノを経験する前の段階でしたが、結局、この楽器に戻ることになりました。」


このアルバムはまた、彼が世界中で演奏するきっかけを与えたショパンコンクールの優勝者というレッテルに決別するものとして見ることができる。あの成功から6年、自分は今、他の領域で活動していると、彼は言う。

「パリ、アムステルダム、ベルリン、そしてロンドンへ行くと、聴衆は、自分が誰の演奏会に来たのかわかっている、と感じます。」と彼は付け加える。

「彼らは、前回の演奏会で僕のことを覚え、僕の演奏が聴きたくて足を運んできます。こうしたことを、演奏会最初の拍手で感じることができます。また、新しい曲を試してみるとき、僕が慣れ親しんだホールではどんな風に聴こえるだろうと想像します。」(注:別のインタビューで、チューリッヒのトーンハレ等、具体的なホール名をあげています。)


なぜポーランドではたまにしか演奏しないのかきいたところ、彼は言った。
「1シーズンで全部の場所に行くことはできません。ヨーロッパやアメリカには多くの場所、たくさんのコンサートホールがあります。最近、これまでの棚卸をしてみたところ、この6年間にポーランドでは約30回演奏会を開いたことがわかりました。確かに、コンクールの直後の時期が多かったのですが。」

カントリーハウス


彼はさらに、オーバーワークを避けている。年間の演奏会は40回まで。実際、演奏会が終了すると、すぐに次の演奏地へ移動する。飛行機よりも車での移動を好み、また、演奏会直後はアドレナリンの分泌でよく眠れないという事情もある。大抵父上が同行し、交代で運転する。
彼はプライベートなことはほとんど話さない。ビドゴシチ近郊に家を買い、ナクウォの頃のように近隣への迷惑を心配をすることなく、夜もピアノが弾ける。自由時間は勉強にあてる。トルンのニコラウス・コペルニクス大学の博士課程にて、哲学を学んでいる。
「コンサートの合間に日程があると、ゼミに参加しています。」と彼は言う。
「また、哲学の勉強は、まずは読むことですので、本は世界のどこにいても読めますから。」

彼は音楽作品の美学に関する論文を書き始めている。しかしこれが博士論文になるか
どうか、今は言いたくない、という。

「これは主に、自分の成長のための投資です。哲学は音楽解釈の助けとなります。直接の影響を証明するのはむずかしいですが、たしかにここからインスピレーションを得ています。こうした理論的背景を用いて、芸術の世界を航海していく助けとなります。」

芸術家としての将来は、注意深く計画している。今年はソロリサイタルとコンチェルトとのバランスをとっているが、2013年の前半はオーケストラとの共演が主となる。その後、対照的なことだが、彼は室内楽を演奏したいと考えている。
「ベルリン・フィルのコンサートマスターである、ダニエル・スタブラヴァと共演します。モーツアルトやシマノフスキのソナタを選びました。残りのプログラムも決めていきます。」と明かしてくれた。


今年は、わが国で彼の演奏を聴く機会はない。新アルバムがこれまで同様わが国や世界で成功するか、注目したい。これまでのアルバムは合計16万枚を売り上げた。このような成功を収めたドイツ・グラモフォンのアーチストは少数だ。
(End of Interview)


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ヤツェク・マルチンスキによるアルバムのレビュー

ラファウ・ブレハッチをショパンのスペシャリストだと思っている人にとって、このアルバムは驚きかもしれない。彼は長年、ドビュッシーとシマノフスキに興味を持ってきた。これらの古典的な様式をもち、両作曲家が特定の色や崇高な音に、それぞれ独自の特徴を見せる音楽に、ブレハッチは熟達している。このアルバムでは、古典的なドビュッシー(「ピアノのために」のサラバンドとトッカータ)と印象主義的な、もしくは、東洋的・イベリア半島的な雰囲気(「版画」)がある。2つの組曲にて、ブレハッチは抗えないほどの素晴らしい演奏をしている。さらに賞賛すべきは、シマノフスキの曲を紹介していること――彼がこのソナタハ短調を書いたのは22歳の時なので、知名度は低い。この作品は本当に偉大な水準のものだということを、ポーランド人の彼が証明した。
(end of review)


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ハンブルクのピアノの記述で、彼が2006年に、自分用の楽器をやはりハンブルクで見つけ購入した際のことを思い出しました。

「ハンブルグのスタインウェイにて、2006年5月 スタインウェイの楽器を購入。感謝をこめて、工場の従業員のためにミニ・リサイタルを実施。同じ旅程中、ドイツ・グラモフォン(イギリスの評論家のジュリアン・サイクスによれば、DGレーベルはクラッシック音楽のロールス・ロイス)と独占契約を結ぶ。」
 「ピアニストには、何の迷いもありませんでした。モデルB、厳密にいうとナンバー575 336を弾いた時、彼はこの楽器の全ての鍵盤に自分の名前が入っているように感じました。長さ211センチの堂々とした楽器は、豊かで多彩な響きで彼に歌いかけてきたのです。」
(このウェブサイトのchronologyより)

私はこの時の職人さんのためのミニ・リサイタルの録音を聴いたことがあります。晴明な音色のマズルカなど。


DGでのデビューアルバム「ショパン前奏曲」の録音時も、候補の楽器4台から、前奏曲にふさわしい楽器を見つけることができた、と、当時のインタビューにありました。


このアーチストの演奏活動をフォローする際、会場や楽器への感想がきこえてくることがありますが、良い楽器だったときくと、とても嬉しく感じます。

今回録音に使った楽器はこの時ではなく、ハンブルグでの最初のリサイタルで弾いた楽器で、その後オケとの協奏曲でも使ったそうです。別のインタビュー記事にありました。ということは、私たちもTV放送やウェブ放送で聴くことができた、あのライスハレの楽器でしょうか。←ライスハレの楽器だと、別インタビューで述べていました。(3月12日追記)彼はライスハレの会場も、とても好きです。


ドビュッシーとシマノフスキの録音がまだアイディアの段階だった頃、その演奏に理想的な楽器が既に現れていた、というのは感慨深いものがありました。このアーチストは必要な時に必要な環境や彼を支える人が現れているように、そのような加護を受けているように、感じます。


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