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2010年8月22日日曜日

ラファウ・ブレハッチ small quotes ― シャファルニャの思い出など。

English

qobuz.com (フランス) というサイトの、「ショパンの足跡を訪ねて、思い出の風景」 という記事で、ポーランド・フランスのショパンゆかりの地を訪ねています。(5月12日付け)
写真がとても美しいです。シャファルニャの部分で、ラファウ・ブレハッチの子供の頃を思い出しての言葉が引用されていました。

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この記事ではショパンが14,15歳の頃、1824年と25年に夏を過ごしたシャファルニャのことが書かれています。ショパンは家族への手紙で、自らを「シャファルニャ通信」の編集者ピション」と名乗り、ある日編集した記事より。。

(quote)
「ピション氏、当地シャファルニャにはひじょうに多いいとこたちのせいで大きな被害に遭遇。刺され放題であったものの、鼻の無事がせめてものなぐさめ。これ以上大きな鼻は不要とは同氏の談。」(フランス語のcousinには、いとこ、と、蚊の意味があることの言葉遊び。)(←この部分の訳は、「ショパンの生涯」スモレンスカ=ジェリンスカ著、関口時正訳、音楽之友社より。)

1824年8月29日、ショパンはニェシャヴァの町を通り過ぎた時「村のカタラーニ(歌い手)」に遭遇、彼女が(コイン3枚で)歌ってくれたマズルカに感動した。田舎の結婚式やダンスに遭遇するたびに民俗音楽に深く思い入れ、これが将来のマズルカの土壌となった。シャファルニャのショパンが滞在した邸宅はミュージアムとして保存されている。2005年のワルシャワショパンコンクールで優勝したラファウ・ブレハッチはこの地域の出身だが、9歳のとき、当地で演奏したことを覚えている。
「バッハの組曲、モーツアルトの作品、スカルラッティのソナチネを2つ、それから僕が作曲したソナチネも弾きました。両親から、ショパンが子供の頃、夏を過ごしたと聞かされていた場所で演奏できて、とても感激しました。」
(Unquote)


こちらは、feetintwoworld.org, というポーランド人コミュニティのサイトの、"One Composer, Many Emotions Among Polish Immigrants"、NYでのショパン生誕200周年の祝賀イベントについてレポートしています。(6月28日付け)

(quote)
彼はワルシャワの西方にある小さな村、ジェラゾヴァ・ヴォラで生まれ、子供の頃何度も田舎を訪れた。そうした機会に、農民が民俗音楽やポーランドの伝統舞踊、マズルカやポロネーズに興ずるのを見た。この記憶に感化され、後の作品につながった。「彼はポーランドを音楽で表現したのです。」とショパンイベントのオーガナイザーであるヤヌシュ・スポレックは言う。

「ショパンの音楽は普遍的なものですが、生まれ故郷のジェラゾヴァ・ヴォラや音楽作品を生み出したワルシャワのいろいろな場所など、ショパンゆかりの地を訪れる機会が持てて、僕はとても幸運だと思います。」と、最も有名な現代ピアニストのひとりラファウ・ブレハッチは言う。彼は今年初め、NYのメトロポリタン美術館で演奏した。
「確かに、マズルカやポロネーズの中に存在する様々な舞踊のリズムを、僕たちポーランド人は比較的容易に感じ取ることができますね。」
(unquote)


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