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2009年9月18日金曜日

ラファウ・ブレハッチ新譜ショパン協奏曲発売前に、好意的なレビュー続々(ポーランド)

ラファウ・ブレハッチの新アルバム「ショパンピアノ協奏曲」は、ポーランドでは本日9月18日に発売となります。

発売前から、すでにいくつかのレビューが、ポーランドのサイトで見られました。
by Magdalena Talik
 by Jacek Marczynski, Father Arkadiusz Jędrasik



いずれも(予想通り)好意的な内容で、ポイントとしては、


・ブレハッチの音自体の美しさ。
・他のピアニストには存在しない、ブレハッチとショパンとの同質性。若々しさ。
・(イギリスの「グラモフォン誌」の評価から)現在世界最高とされているオーケストラとの共演の妙味。
・イェジー・セムコフとの共生。「これがショパンの音、これこそポーランドの音。」(Magdalena Talik)

といったところでしょうか。

Magdalena Talikは、RCOをオーケストラとして選んだことからもわかるとおり、ドイツ・グラモフォンがラファウ・ブレハッチに相当の投資をしていること、
ラン・ラン等、他の若手ピアニストとブレハッチとの違いを書いています。


「ラン・ランの若くアグレッシブな演奏とは異なり、また、多くの若手演奏家が、無理やり個性を見せようと頑張っているのとも異なり、ブレハッチの演奏は、ピアニズムの伝統に根付いている。もし覆面で聴けば、かつてのいずれかの巨匠の演奏と思ってしまうだろう。だからと言って、彼が誰かを模倣しているのではない。彼は自身の見識と技術によって、ショパン独特のテンポや音楽、ダンスのリズムを難なく、自由に、自然に弾きこなす。例えば、ヘ短調3楽章の湧き上がる喜びのマズルカのリズム、それとは対照的な2楽章の郷愁を誘う、とても美しいラルゲット。」





ラファウ・ブレハッチの記事を日々追っていると、ラン・ランとの比較を書いたものに時々出遭います。2人とも、ドイツ・グラモフォンの有望若手ということで。。

私はラン・ランも別に嫌いではなく、でも違うカテゴリーの音楽として、あるいは素晴らしいエンターテイナーとして気軽に受け止めていますが、ポーランドのファンの方で、明確に拒絶反応を示している方もいます。ラン・ランのライブ(ベルリンフィル、オザワとの共演)にも行って、録音も何回か聴いての結論だそうです。


プロモーション・ビデオを見ると、ラファウの2番に対する思いとか、レビューで書かれていることがらが、なるほど、よくわかる気がします。

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2009年9月4日金曜日

ショパンに囚われてはいないーラファウ・ブレハッチ、インタビュー

ラファウ・ブレハッチの、Dziennikという日刊紙とのインタビューです。
インタビューはアムステルダムの録音から帰国の直後、7月9日ビドゴシチにて行われ、8月16日に同紙のオンライン版で公表されました。

題名は、"nie jestem więźniem Chopina (I'm not a prisoner of Chopin)" ですが、私はそれ以外の部分、たとえば、ポーランドの作曲家だからスラブ的に演奏する、というのでなく、あくまでも自分の直感に従って曲を捉えることが大切、というような部分に興味を持ちました。

モトはポーランド語ですので、例によって正確度は80%位、というようなおおらかさでご覧いただければ幸いです。


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私たちは彼が20歳の時、2005年のショパンコンクールで出遭った。今日、彼は大人になり、音楽的にも成熟し、世界中で演奏会を開いている。最近アムステルダムで、コンセルトヘボウ管弦楽団とレコーディングを終えたばかりだ。「ショパン弾き」のレッテルをどう感じているのか、なぜDodaやFeelと共演しなかったのか、ラファウ・ブレハッチが話してくれた。

(きりん注:Dodaは女性、Feelは男性の、いずれもポーランドの人気歌手。PreludiaにFeelのリンクをはってあります。)


(インタビューの始めの部分で、ラファウ・ブレハッチはコンセルトヘボウ管弦楽団を賞賛していますが、他のインタビューで何度も語っている内容なので、省略します。)


―クリスティアン・ツィメルマンやピョートル・アンデルシェフスキのように、指揮棒を持とうとしたことはないのですか。

小さい頃、ピアニストになりたいなあ、と思っていました。その後の年月と経験を経て、この選択が正しいと確信しました。

様々な音楽分野を探求することは、相矛盾するものではありません。20世紀以降、音楽が専門分化するようになりましたが、それ以前の時代、音楽家になるということは、いくつかの楽器をほぼ流暢に弾きこなし、作曲の経験もある、ということを意味していました。

最近は、かつての伝統に少しずつ戻りつつあるようですね。クリスティアン・ツィメルマンもピアノの後ろから指揮しようと決めました。

正直言うと、1つの素晴らしいチームを指揮するという考えは、とても魅力的です。マエストロ・セムコフの技を間近に見たとき、純粋に魅了されました。

でも、今僕はピアノに集中しています。今後のキャリアがどの方向に向かうのか、時間が答えてくれるでしょう。



―ショパンの前奏曲に取り組みながら、他の巨匠、特にロシアのものも聴いていらっしゃいました。ロシアの演奏家はコンチェルトの解釈に影響しましたか。

はい、特にネイガウス先生のロシア学派に大変感銘を受けています。モスクワ音楽院のコンサートホールで演奏した時、これまでの経験の中で、最もストレスを感じ、また、最も感激しました。それまでこのホールで弾いた先達は、ルービンシュタイン、リヒター、ギレリス、そしてグールドがいます。

自分としては強いて何かの伝統や学派に属する必要はないとも思っています。音楽解釈にとって最も価値があるのは、楽譜に書かれた作曲家のアイディアを読み取ることです。2番目に大切なのは、自分自身の直感、これによって、音符の間に隠れた部分を理解することができます。これは自分の直感であって、ある地域や時代に特有の考え方ではありません。

何が言いたいかというと、僕がよく対比されるクリスティアン・ツィメルマンも、ヨーロッパの同じ地域の出身ですが、彼をいわゆる東欧的なステレオタイプに結びつけるような要素はほとんどありません。さらに、今日、傑出したポーランド人作曲家の作品の演奏を見るならば、過度にロマンチックで、「スラブ的」に偏ったものが多く見られます。

もう少し説明しましょう。ある作品について他の演奏家の録音を聴く場合、僕は自分なりの解釈やビジョンが固まってから参考に聴いています。できれば、そうすることによって、否定するのでなく、肯定したいと思っています。

(きりん注:この部分は自信がないので、原文も載せておきますね。
[Wyjaśnię jeszcze, że po cudze nagrania sięgam zazwyczaj wtedy, gdy mam już w myślach gotową wizję danego utworu – i raczej po to, by się w niej utwierdzić, niż jej zaprzeczyć.] )

もちろん、ショパンのコンチェルトですと非常に人気の高い作品ですので、こうした外部からのインスピレーションをほぼ必ず受けることになります。僕も子供の頃からたくさんの録音を聴いてきたし、膨大なコレクションとなっています。

おそらく、僕が最も親近感をもつ解釈はルービンシュタインでしょう。彼の若い頃の自発的で感情豊かな演奏ではなく、人生の終焉に近い頃の演奏―深く集中し、美しい音を抽出したような演奏です。



―アムステルダムや他の音楽都市で、あなたの常連客がいらっしゃいますね。演奏するのに、どこが一番好きですか?

それはドイツでしょう。ドイツでは、音楽という芸術を醸成するユニークな伝統があります。
ドイツで思うのは、美しく音響も素晴らしいホールのこと、また、何よりも聴衆の理解力が抜きん出ていることです。

特に、夜の演奏会は神聖な感じがします。聴衆はきちんと正装し、誠実に集中して音楽を聴きます。言うまでもなく、これは演奏者の状態に最高にプラスに影響します。

もちろんポーランドで弾くのも好きですよ。僕の「最初の聴衆」は、いつもとても暖かく迎えてくれます。

ちょっと珍しいことがありました。僕の最初のショパンのCDは、ポップソングのチャートでも上位になりました。2008年にはTop Trendyにも招待され、DodaやFeelといった歌手の近くで演奏するかもしれなかったんですよ。でも時期がドイツ・グラモフォンの2枚目のCDの録音を重なったので、実現しませんでした。



―ポーランドではいつ演奏会があるでしょう。

ショパンイヤーでは多くの機会がありますので、うれしく思っています。ショパン生誕の日である2月22日には、アントニ・ヴィット指揮、国立フィルハーモニー管弦楽団と共演します。その後、ほとんどの主要都市でコンチェルトを弾く予定です。



―ショパン弾きの立場に捕えられている、とは感じませんか。

それは全然ありません。僕のウィーン古典派やリスト、ドビュッシーに対する聴衆の熱意ある反応を見ても明らかです。

実際、ショパンに専心取り組んだのは、コンクールの直前の2,3年だけです。それ以前は、ハイドン、モーツアルト、ベートーベンにほとんど集中していました。2枚目のアルバムで古典派に還ることができて、とてもうれしかったです。

ショパンのピアノ協奏曲のCDについての質問だとしたら、これは僕が自発的に決めたことです。この作曲家の生誕200年を祝福したいという、強い思いに突き動かされました。

その後の2枚のアルバムは、もっと後期のレパートリーのものにすると決めていますが、今は詳細は言えません。



@ ポズナンにて、2007年11月



「ドイツの聴衆が好き。」というラファウ・ブレハッチの発言は、これまでも2,3回目にしたことがあります。彼が好きな聴衆は、1.ドイツ、2.オランダのようです。
聴衆の態度や理解度で演奏者が大きく影響されるというのはわかりますが、「服装」も良い雰囲気をつくるのに大切な要素なのだ、と今回気づきました。きちんとした服装は、演奏者への敬意を表すものですね。私はこの点はいつもいいかげんなので、反省いたしました。
実際、聴衆からの反応で(と言っても、静かに聴いてるだけなのですが)ラファウ・ブレハッチが非常にポジティブに感化されるのを、アメリカの会場で目撃したことがあります。いずれも、耳の肥えた都市の聴衆で、純粋に、静かに、音楽を楽しんでいる雰囲気。終演時は、みんな笑顔でした。


ドイツの演奏会は多数ありましたが、とりあえず、すぐ思い出すビジュアルは今年3月のケルンです。夜の演奏会です。
(服装は、普通だと思いますが。)
このビデオを見ると、彼が最近発言している、
「(異なった舞台で何度も演奏することで)作品が、指だけでなく心の中で凝結してきた。」
(utwór krzepnie w palcach, ale też w sercu i umyśle.)
という感じがなんだかわかる気がします。

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2009年9月1日火曜日

ラファウ・ブレハッチ、ポーランドラジオとのインタビュー、CDショパン協奏曲について

2009年8月9日にポーランドラジオ2で放送された、ラファウ・ブレハッチのインタビューです。
インタビューは、7月の上旬か中旬に行われたようで、録音を終えたばかりの新CDについて、将来について、語っています。
ポーランドの、ラファウ大好きなダナさんとオラさんが英語にしてくださったものを、今日、ちょっと時間ができたので、記録としてアップします。
それ以前のインタビュー等と重複する部分はカットされています。

ブレハッチは今後、少なくとも2年位は新CDを録音する予定がないと予想されるので、記念です。

インタビューの英語 人物等のリンクがつけてありますので、参考にどうぞご覧ください。




RB: Rafał Blechacz
JH: Jacek Hawryluk (interviewer)


RB:オーケストラについては、1年前ロイヤル・コンセルトヘボウ(RCO)との共演の後、自分で決めました。イェジー・セムコフの名が心に浮かんだのも、ちょうどその時です。うれしいことに、僕の選択は受け入れられました。ショパンのコンチェルトの特別な雰囲気を考えると、どうしてもポーランド人の指揮者が良いと思いました。また、指揮者には僕の解釈を受け入れてほしい、とも思いました。

RCOは、短いフラグメントでも木管楽器を明瞭に聴かせるというセムコフの提案を喜んで受け入れました。

録音セッションは午前10時に始まり、午後1時か1時半まで毎日行われ、間にピアノや楽器のチューニングのため15分の休憩がとられました。1週間にわたって取り組みました。午後はマエストロ・セムコフや、コンマス、ピアノの調律士といろいろ相談しました。

マエストロ・セムコフとは、アムステルダムでの最終レコーディングに先だって、ポーランドで何度かお会いしました。僕たちはピアノの傍で、2つのコンチェルトの解釈についてかなり時間をかけて話し合いました。マエストロは、アゴーギクや色彩、ダイナミクスの変化についての僕の提案を注意深く聞いてくださいました。

僕はRCOの音色の質に魅せられました。また、演奏中、RCOが常に僕についてきてくれたのでとても心地よく感じました。2つのコンチェルトの特に第2楽章では、RCOととても美しく対話することができました。


JH: RCOは、ポーランドの舞踊をうまく表現できた?

RB: (笑いながら)RCOは第3楽章の演奏をとても楽しんでいましたよ。ポーランドの踊りをいい雰囲気で演奏するために、僕たちはたくさん時間をかけました。特にテンポとリズムに注意を払いました。録音されたこの部分を試聴したときは、RCOはうまく演奏したなあ、と感心しました。
RCOの素晴らしい楽団員たちは、僕たちの―僕とセムコフのアイディアを、何の問題もなくすぐに理解しました。

マエストロ・セムコフは、オケにあらゆる可能性を表現するよう、特に2つのコンチェルトの出だし部分では、何度も弾かせてくれました。ホールの完璧な音響も深いインスピレーションを与えました。

僕にとっても、2つのコンチェルトの最初のオケの部分はとても重要です。これによって、コンチェルトがこれからどう展開するのか決まりますから。この最初のオーケストラの美しい音色と、それが持つ可能性を聴かないとすれば、大きな損失だと思いますよ。

(同感です。視聴の1番目がほとんどオケだけでがっかりした、という声も聴きましたが、コンセルトヘボウの端正な演奏を楽しんだ方が得ですよ。きりん)



JH:君はクリスティアン・ツィメルマンが好きだけど、今回の演奏はツィメルマンのものとは随分違うね。ツィメルマンの演奏の、何を参考にしたの?

RB:1999年のツィメルマンの解釈は、彼独自のものですが、今日伝説のように考えられています。多くの指揮者やソリストに感化を与えています。
チューリッヒのトーンハレでコンチェルトを演奏したとき、マエストロのディビッド・ジンマンがツィメルマンのこのCDを聴くよう、オケに指示しました。僕はツィメルマンのそれ以前の演奏も聴いたことがあります。ピアニストが年月をかけ熟成していく証しだと思っています。

僕の解釈は良い意味でもっと若々しいものです。自分自身を表現したかったんですね。ツィメルマンの演奏のどこが影響したか、ちょっと特定できません。ただ、2曲とも、3楽章はルービンシュタインの解釈の影響を確かに受けています。他のピアニストでは、アルゲリッチや、アラウの演奏を聴きました。

マエストロ・セムコフは僕のアイディアを受け入れ、ご自分の考え方に固執しませんでした。僕についてきてくれました。マエストロはオケのパートではご自分のアイディアを実行しましたが、ピアノ部分では僕の演奏に美しい伴奏をつけてくれました。

ドイツ・グラモフォンとの最初の契約が順調に終了し、うれしく思っています。10日ほどしたら、僕はハンブルグへ行き、録音を全部聴きなおして、最良のものを選びます。編集作業にも最後まで立ち会います。

(きりん注:ハンブルグでの作業は、8月中旬にめでたく終了した、と報道されています。)

グラモフォンとは、3枚のアルバムを対象とした、新たな契約にサインしました。次のアルバムはショパンではありません。ポーランドの別の作曲家の作品その他が含まれます。こうした作品は、まもなく自分のコンサートで演奏する予定です。新CDののための、それ以外のマテリアルもすでに用意しましたが、今は、新CDについては話したくありません。


JH: 今はどんな風に勉強しているの?先生についているの?それとも独学?

RB:今は1人でやっています。常時見てくれる先生はいません。しかし、どのピアニストもそうでしょうが、「第2の耳」で確認したり、インスピレーションを得る、ということは必要です。なので、ツィメルマンやポリーニといった偉大なアーチストとお会いすることを重視しています。今度、コンサートでイタリアに行く際、マリア・ティーポと会うことになっています。自分が取り組んでいる作品に十分時間をかけ、作品への自分の見解を持ち、その上でその作品についてディスカッションすることは重要だと思います。


JH: 哲学の勉強を始めたと聞いたけど、勉強時間はとれるの?

RB:哲学の勉強は僕にとって、ピアノを離れてリラックスするとても良い方法です。1年目の課程は修了しました。ツアーの際本を持ち歩いて読む、というのが、僕の勉強方法です。僕は音楽の哲学に夢中で、哲学が僕の音楽学を支えているわけです。ロマン・インガルデンとヴワディスワフ・ストゥルジェフスキを読みました。ストゥルジェフスキ先生の「創造に関する弁証法」(Dialektyka twórczości)は、様々な芸術の解釈の考え方に関するものですが、非常に興味深かったです。

もしかすると、将来書くことになる学位論文は、特定の音楽作品の正しい解釈、という問題を扱うことになるかもしれません。


(きりん注:このストゥルジェフスキ先生とのインタビューが、新CDのライナーノーツに入るということです。日本版はどうなのか知りませんが。)


JH:ショパン年の2010ですが、将来の計画は?

RB:そのためにショパンの2つのコンチェルトは先に録音を済ませておきたかったのです。2010年は多くの演奏会で弾きますので、レコーディングの時間がとれませんから。3つの大陸を回ることになります。

しかし、僕は2011年の準備も、始めています。2011年は何回か、アメリカで演奏する予定で、フィラデルフィア管弦楽団とリストの2つのコンチェルトで共演します。指揮は、シャルル・デュトワです。デュトワとは、すでにショパンコンチェルト第1番で共演しており、素晴らしい経験でした。


JH:来年はワルシャワのショパンコンクールもあるれど、コンクールのことはよく思い出す?それとも君の光り輝くキャリアや将来の方が関心があるのだろうか?

RB: 僕はどちらかというと未来を見ています。でも時々、僕の人生を変えることになった瞬間のことも思い出します。今でもホ短調のコンチェルトを弾いていて最後の2ページになると、意識の深いところでコンクールの記憶がよみがえってきます。特にあの嵐のような拍手は忘れられません。.


JH: コンクールの時の演奏と、今回のアムステルダムでの演奏は、全く違う世界のもの、という印象を持ったよ。

RB: それは、僕の音楽家として、また人間としての成長の結果だと思います。様々な多くのピアノ作品やコンチェルトを、世界中のいろいろなオーケストラや指揮者と演奏してきた、その結果であることは、間違いありません。そのお陰で、自分の演奏する音楽が、「手や指と共に成長し」、心の中で成熟し、ゆっくりと、自然に変化してきているのでしょう。


JH:どうもありがとう。ポーランドラジオ2は、君の成功を祈ります。
RB:ありがとうございました。

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