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2009年10月11日日曜日

ラファウ・ブレハッチCD「ショパン前奏曲」欧州版の解説(07年10月)

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ラファウ・ブレハッチの「ショパンプレリュードのCD(欧州版)」のライナーノーツにある解説もアップしておきます。
「ソナタ集」同様、これも日本版では、載らなかったものです。
やはり以前、多くのファンの方に見ていただいた内容ですが、最近の愛好家の方にも見ていただきたく、アップいたします。
特に新たに内容を見直すことは、していません。文章は2年前、写真も去年のままです。


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ショパンを弾いていると心がくつろぐ

若きポーランド人ピアニスト、ドイツ・グラモフォンデビュー

2005年10月、ポーランド北部の小さな町ナクウォ出身のひかえめな若者――心を深く集中させ、素直で、過ぎた謙虚さをそなえた若者が――第15回ショパン国際ピアノコンクールのためワルシャワに到着した。
私が彼を知ったのはその3ヶ月前で、他の参加コンテスタントは誰も知らなかったが、コンクールではラファウ・ブレハッチが最も卓越した演奏者のひとりだと確信していた。
類まれなる技術を持って――煌き、正確で輝くようなその技術と供に、彼の演奏は詩情、成熟、均衡、集中を感じさせる。


1975年にクリスティアン・ツィメルマンが第9回コンクールで優勝して以降、ポーランド人アーチストが、かくも新鮮なアプローチ、心を揺さぶるパーソナリティ、何よりも解釈上の誠実さで聴き手の心を深く魅了しつつ現出したのは初めてだった。
ラファウ・ブレハッチのこれら特徴は、彼のまれにみる音楽・作曲家に対する謙虚さと相まって、初めてショパンに関わって以来の特徴となっており、2005年ワルシャワでは、この特徴により主要な賞を独占することとなった。
彼の例外的な才能を顕彰するため、審査員はコンクール史上初めて第2位を授与しないことを決めた。
その場にいて彼を見、彼の音楽を聴いたならば、彼の演奏がショパン的理想に極めて近いものであることが確信できたはずだ。




「これまで長く、自然な過程をたどってきました。」とラファウは言う。

「まず、ノクターンop32-1ロ長調から始まりました。
しかし、私のショパン観は、他の作曲家の曲、とりわけバッハ、3大ウイーン古典派の作曲家、そしてドビュッシーを弾くことで豊かになりました。
ドビュッシーでは色彩のコントロールと音の造型がとても重要でした。」


コンクール後のリサイタルで、ブレハッチのウイーン古典派の演奏に私は感銘を受けた。
微妙な感情の均衡の表現は、これほど若い演奏家にはほぼ不可能だと思っていた。
しかし、作曲家と演奏者との融合――いわば同質の精神が合体したと、直ちに感じ取ることができたのはショパンだった。


「はい、ショパンを弾いていると、私は心がくつろぎます。」と彼は言う。

「何か直感的に、潜在意識のどこかで、こんな音になるはずだというものを感じるのです。」


主要な文化の中心地から遠く離れて育ったことで、ブレハッチはあるべき方向へ導かれ成長することができた。
両親は音楽家ではないが、彼が作品に没頭できる、理想的な環境を与えた。
彼に録音を買い、ピアノのレッスンに車で送り迎えし、コンサートに連れて行った。
彼はビドゴシチに通い、そこで、最初はアルトゥール・ルービンシュタインハイスクールでJacek Polanskiに師事、その後、ビドゴシチ音楽アカデミーで、Katarzyna Popowa-Zydronに師事し、2007年6月末、彼女のもとで学業を修了した。


「先生が芸術の門を開いてくださったのです。
特にドビュッシーを経験させてくださったことでピアニスティックな音色の色彩が極めて重要だとわかりました。
これによって、ショパンへの準備ができました。

先生の指導のもとショパンの音楽を学び始め、先生と一緒にコンクールのプログラムを検討しました。

ポーランド人にとってショパンコンクールは神聖なものではありますが、先生と私はこのコンクールを私の成長のための1つの段階ととらえていました。
コンサートキャリアを積むきっかけとなるコンクールは他にもたくさんあるでしょう。
Popowa-Zydron先生は常にこのことをおっしゃっていました。

「コンクールには全部失敗するかもしれない、でも、一番大切なのは音楽への愛を失わないことです。」とも。」


ブレハッチが学んだビドゴシチの音楽アカデミー



ワルシャワでは、ラファウは注意深く組み立てた自らのプログラムに完全に没頭していた。彼の演奏にはためらいや不自然さは微塵もなかった。
あの前例のない成功に面食らっていたのは彼ひとりかもしれない。


「ここまで来られるとは思いませんでした。」と彼は言った。

「たぶん、周囲の喧騒に全く関わらなかったからだと思います。
私は演奏を終えるたびに、ナクウォの自宅に帰っていました。

休息をとり、森を歩き、ラジオを聞いたり新聞を読んだりはしませんでした。

自分の最大の夢が実現したのだと実感し始めたのは、後で家に帰ってからでした。その時になって、今後多くの新たな挑戦に直面することになるのだとわかってきました。

クリスティアン・ツィメルマンが素晴しいお祝いの手紙を送ってくださり、自分を頼りにするよう言ってくださいました。
最近、2人で数日間を過ごす機会があり、たくさん話したり、演奏したりしました。真の友人を得たように感じています。」



ワルシャワでの勝利により数多くのリサイタルや招待の依頼が押し寄せる中、ブレハッチはドイツ・グラモフォンから接触を受けることとなった。


「今後自分の音楽があらゆる人々の聴けるところとなり、分析・批判の対象となる、というのは、わくわくするような、しかしちょっと大変なことでもあります。

大いなる責任を伴うことですので、コンクールの時と同様、肉体的・精神的に最大限の準備ができた状態で録音にのぞみました。」



なぜ、このピアニストはデビューCDにプレリュードを選んだのだろうか?

「プレリュードは限りなく魅力的です。多様さの中に多くのアイディアを抱含しています。
私はop28の各曲を1つのユニットとして、内部の緊張とドラマを持った全体として形作ろうとしました。

ノクターンop62は長年親しんできた曲であり、私はこの多様な顔をもつ傑作をどう解釈するか、納得できる方法を発見することができました。
これら2つの作品では、ショパンは和声(harmony)でも色彩でも同時代を大きく先取りしていました。
ロ長調(op62-1)は印象派への比喩を促すものです。」


ショパンの演奏では、古典的スタイルとロマン派的スタイルのどちらを好むのか、と尋ねたところ、ブレハッチは躊躇なく、前者を選んだ。


「外向的解釈だけでなく、内心の規律を働かせた内性的(introverted)解釈でも、聴く人を満足させることができます。
私の解釈は、いわゆるメンデルスゾーン的観点と呼べるものに近いものです。
おそらくこれは、早い時期に古典のレパートリーを経験したことが影響しているでしょう。

私は常に、できる限りのディテイルを表現しながらも、音楽のフォルムはそこなわないように努力してきました。
すべてを明瞭にそのまま表現した方が、作品にこめられた種々の感情をずっと簡単に表現できるでしょう。

だからといって私がロマン派的スタイルを拒んでいるわけではありません。
私はロシアの何人かのピアニストのように外向的ではありませんが、いつか、ラフマニノフを弾く日がくると思っています。」
(Adam Rozlach:2007年8月)
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DGのサイト同一の英語が載っています。
このページの左側のINSIGHTSをクリックしてください。



解説者のAdam Rozlachは、Preludiaではもはやおなじみの名前です。ポーランドラジオでショパンの番組を持っており、ラファウ・ブレハッチのシンパの音楽ジャーナリスト、今回のコンチェルトのCDも、何度もインタビュー等でとりあげてくれました。


Adam Rozlach が、ショパンコンクールの結果が出た2005年10月22日付けのコンクールのGazetaに寄せたコメントです。
• What kind of competition was it?
It was Rafał Blechacz’s competition.

• What should be changed in the competition formula?
The main thing is the jurors. It can’t continue like this, because it’s a crime. It can’t be that the finalists include mainly students of the jurors.

I want to emphasize, during this competition nobody played Chopin like Blechacz did, and nobody was as close to Chopin as he was. This was a historic performance, we were witnesses to a great moment, I can say this without a shadow of a doubt.


Adam Rozlachは、メールの問い合わせにもすみやかに丁寧に誠実に答えてくれるそうです。ポーランドのダナさんは、彼が番組で述べた内容に疑問(不満)があり、問い合わせをしたのがきっかけで、時々メールを交換しているそうで、彼女のラファウ音楽に対する意見が、別の演奏家の特集のときに番組で読まれた、と言ってました。Rozlachに限らず、彼女はいろいろな評論家に対してメールで意見を言うことがあり、概ね返事は来るそうです。書いてある中身は、評論家によってさまざまで、失礼なレビューを書く人は、メールも失礼だったりするようです。
でも、そういう交流がもてて、うらやましい気がします。


また、昨日Preludiaにアップしたインタビュー、見てくださった方、どうもありがとうございました。
私は、
「録音マテリアルを聴いた後、ホ短調コンチェルトは、演奏会のライブ録音をCDに出そうと決めました。」
とラファウ・ブレハッチが自ら述べている部分が見られて、うれしかったです。

伝えられているように、6日間も録音セッションを持ち、演奏会の当日(7月2日)は、午前中のゲネプロもCD用に録音したとのこと。通常の演奏会とは異なる緊張感と、1演奏会で2つのコンチェルトという厳しい環境で、しかもホ短調はプログラムの最後に演奏したことを考えると、ラファウ・ブレハッチらしい、さっぱりとした決断だと思いました。
この録音のためのコンセルトヘボウの演奏会では、ソリストと指揮者のステージへの出入りに、通常の階段は使いませんでした。ステージの下手(向かって右)のオケの出入り口から、お二人とも出入りしたそうです。


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