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2009年4月1日水曜日

金剛石も磨かずば・・・

フランスの海外県に住む若いブレハッチのファンの女の子からメールをいただき、
ブレハッチのパリでの演奏会(3月27日分)が、ラジオ・フランスで、
4月20日の午後14時半(フランス時間)に放送されるそうです。
日本は、ええと、21時半から、ですね。
(めずらしく、日本でも聴きやすい時間、デスね♪)

ラジオ・フランス(MP3、128k/s)

ラジオ・フランス(MP3, 60k/s)

↑MP3は、オランダのファンの方の情報。




彼女は、私の英語ブログ"Preludia"で、"Rafał' family/teachers talk"というカテゴリーのものがあるのですが、
これが参考になる、と言ってくださいました。

ブレハッチのピアノの先生である、ポランスキ先生や、ポポヴァ・ズイドロン先生を始め、
幼い頃から関わっていらっしゃった先生、神父様、そしてご両親の
「あのとき、こんなことが。」という言葉を集めたルポルタージュやその他の記事を、
ポーランドのファンの方が英語に直してくださったものです。

ポストする前は、「こんな古い記事、興味を持つ人がいるかしら?」と半分不安だったのですが、
せっかく彼女がせっせと訳して送ってくれるので、じゃ、まあ、という感じで載せていたのです。

結果は、何人もの方から、「すごくよかった。」という感想をいただきました。
実際に関わった方々の直の言葉は、重みがあるのでしょうね。


例えば、ラファウが15歳のときから8年間教えた、ビドゴシチの音楽アカデミー、ポポヴァ=ズイドロン先生のインタビュー

教え始めて、最初の数ヶ月はなんだか感心しない演奏のラファウ。
ある日、ノクターンを弾いていて、先生が「ちがう、ちがう」と何度も説明し、弾かせ、
はっと気がつくともう2時間も過ぎてる!お父様もお待ちなのに。。
「大変、疲れたでしょう?」

するとラファウはびっくりして、
「いいえ、疲れてません。」
彼は弾くことがすきなのだ。私たちはレッスンを続けた。

次のレッスンでも、変わりばえしていなかった。

しかし、その2週間後。
先生は、「思わず座りこみ、泣きそうになった。わずか2週間のうちに、
ラファウは私の指摘したことを全部消化し、自分の感情も組み入れて、
信じられないような演奏をした。
神の御業だった。。」

そうして懸命に教えるポポヴァ=ズイドロン先生は、ときにはあまりのラファウの才能の大きさにおびえ、
自分が果たしてこの子を成長させることができるのか、教師として適格なのか悩み、
ヤシンスキー先生に相談し、

ラファウやラファウのお父様にも「教師を代えたほうがいいのでは。」と示唆した。
しかしラファウのお父様は、
「他の先生など考えていません。私は先生にお願いしたいのです。」



「大切な宝物を大事に大事に育ててくださった、そんな感じを受けました。
古いですが、「金剛石も磨かずば・・・  」で、丁寧に磨いてくださった先生に感謝したくなりました。」
という感想をいただきました。

また、先生がコンクールの当日、舞台に出る直前のラファウに、1次予選も、2次予選も
ひざで軽くおしりをキックした、

すると、本選の直前に、ラファウは回れ右をして、キックを待っていた。

というところも、思わずくすっとし、また、ほろっとした、という方々がいらっしゃいました。

先生は、ラファウを振り向かせて、言った。
「美しく弾きなさい。あなたの魔法をかけなさい。」





私が一番感銘を受けたのは、お父様です。
お父様は、息子が小さい頃から、ずっと音楽学校へ車で連れて行き、レッスンや授業の間ずっと(仕事のことなどしながら)待ち、
本当はとても疲れていらっしゃるに違いないのに、

「疲れ?ありません。不安?ありません」

常に前向き。愚痴はいっさいおっしゃらず。

すごいです。前にも書いたことあるのですが、本当に素晴らしい父親です。
「この父親がいなければ、今日のラファウ・ブレハッチは存在しなかった。」という先生の言葉も書かれています。

もっとも心に残るのは、お父様が、ラファウ少年に絶対音感がある、と気づいたシーンでした。

ラファウがプレスクール(小学校入学前、小学校は7歳からだったそうです。)を終えた段階で、両親は、このままナクウォの音楽センターを続けるか、
もっと真剣に音楽を学ばせるか決めようと、ビドゴシチの専門家に相談のため訪れた。

真夏のその日、ラファウはちょっといたずらをして母親にぶたれ、へこんでいた。
ビドゴシチの先生は、ラファウに
「今日はどんなことがあったの?」
と訊いたが、ラファウはうそをつけず、本当のことも言えず、だまっていた。
「これは何の音?」とピアノを鳴らすと、ラファウはしぶしぶ答えた。

先生は、
「しばらくはそっとしてあげた方がいいけれど、もし音楽を学びたいのであれば、
ナクウォでなくちゃんとした先生につかせて。」とアドバイスした。



家に戻って、父親はピアノを開き、1音を鳴らした。
「ラファウ。これは何の音?」

「ド!」
ラファウは部屋を駆け回りながら答えた。

私は、次々と違う音を弾いてみた。ラファウは部屋を駆け回りながら、ピアノの方を振り返って答えた。間違いはなかった。

2音で試してみた。ラファウは正しく答えた。和音もやってみた。ひとつも間違いはなかった。

7音で--不協和音、かなりむずかしいはずだ。

ラファウは、全部認識できた。

「絶対音感。
--誰かが彼を教育するべきだと思いました。」

(記者)「才能があると?」

「いいえ。」
クシシュトフ・ブレハッチは、慎重に、注意深く言葉を選んだ。

「当時はそこまではわかりませんでした。しかし、この絶対音階をみのがすべきではない、と確信しました。」




お父様のお話が載っていた記事の写真です。


ブレハッチの演奏会では、外国ツアーも含め、すべてお父様が同行しておられるそうです。
単なるマネジメントのサポート、というのでなく、親子だからということ以上に、
もっと心のずっと深いところで、演奏家ラファウ・ブレハッチを理解し、助けておられるのだと、
この二人は魂の奥のところでの絆があるのだと、
こうした記事を読んで感じたような気がしました。 



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