Preludia - Unofficial website for Rafal Blechacz

Blog

2008年5月29日木曜日

ラファウ・ブレハッチの応援を続けるのは・・

仕事の準備の調べものでよくネット検索をするのですが、
その合間に息抜きでグーグルして、ブレハッチ関係の情報を見つけることがあります。

最初の発見があったのは、去年の9月の終わり頃でした。

ブレハッチはドイチェ・グラモフォンからのデビューCD「ショパン前奏曲」を8月に録音したのですが、
録音を終えた直後にポーランドのラジオ局のインタビューーに応じていた時の番組を見つけました。

ブレハッチのポーランド語の発言を、英語のボイスオーバーで流してました。
CD発売直前のタイミングだったので、いいかなと思い、日本語に転換して、他のファンの方と共有しました。

海外での彼のニュースを、こうして日本に紹介するようになりました。
最初はファンの仲間内だけでしたが、今年の春からブログを始めました。
このブログに彼の音楽と話題を含めることで、一般ピープルへのブレハッチのエクスポージャーを広げよう、と試みています。


私はある種のインフォーマントととして、たまたま役割を見つけて果たしている、という感覚なのですが、
同業のぺこちゃんは「それを追っかけというのよ。」と、簡単に言います。

それはともかく、

このブログのアプローチは、環境ジャーナリストの枝廣淳子さんの「2時起きで何でもできる」という本を、少し参考にしています。

枝廣さんは、会議通訳としても活躍の方です。

本を書くとき、「2時に起きて、通訳の仕事の勉強をしている」という点で人目をひきつつ、本当に伝えたかったメッセージは、 本来の仕事の部分、環境保護の方のようです。

私は彼女のような大きな仕事ができるタイプではありませんが、
今は自分でできる形でこの優秀なピアニストをサポートしたいと思い、できる範囲のことをしています。

しかし、こういう個人レベルの応援は、今後、ブレハッチのピアノが静かに深く、より多くの世界中の人々に受け入れられていく過程で、 いずれ不要になるだろう、というような、冷めた現実的な目も持っています。



彼のピアノは世界の音楽好きの宝となり、彼の演奏を心から愛するファンの輪が、アメリカにも、ヨーロッパにも、おそらくアジア太平洋にも広がっていくことでしょう。

アーチスト側も、各国のマーケットのバランスをとりつつ演奏会ツアーなども計画していくのでしょう。
私のこのような応援は、従って過渡的なものです。



"Pure magic... We were all on another planet" (イギリス Financial Times 紙)


"If you want to understand Chopin, you must hear Rafal Blechacz."(ドイツ Westfalische Nachrichten 紙)
....CD「ショパン前奏曲」のクレジットより。


上記インタビューの日本語をこちらでご覧になれます。



*************************

このウェブサイトに引用している画像・文章等は、著作権を有する所有者に属するものがあります。
このサイト www.blechaczinfo.com 独自の著作物を引用なさる場合は、事前に サイト管理人 にご相談くださいますよう、お願い申し上げます。




2008年5月20日火曜日

ラファウ・ブレハッチ、ポーランド語インタビュー CDショパン前奏曲について

5月12日にブログに書いた、ラファウ・ブレハッチのポーランド語のインタビュー(YT)について、
ポーランドのグダンスクに住む、くまさんが、日本語に訳してくださいました。

まず、ポーランド人のご主人が、ラファウのポーランド語を英語にし、
その英語をくまさんが日本語に転換してくださいました。

(リレー通訳と同じ!)

ラファウは早口なので、ネイティブのご主人にとっても、ところどころ聞きにくいところがあったそうです。
また、くまさんは、逐一訳すのでなく、概要を伝えることを主眼に、日本語化なさったそうです。
(いわく、「てきとー」に「くま語」で訳したので、その前提でね、ということです。)

私にとっては、「てきとー」だろうとなんだろうと、全く意味をなさないちんぷんかんぷんが
意味をもったメッセージとしていただけたので、とてもうれしく、
くまさんご夫妻に感謝の気持ちでいっぱいであります。

ほんとうにありがとうございました。

以下、ごらんください。

(お願い)内容の無断転載・使用はご遠慮ください。




すべて準備は完璧でした。
フォトセッションはレコーディング前の2-3ヶ月前に行われた。
それはベルリンで。
それには大体丸1日を要した。写真は違ったポーズやスタイルで撮られた。
その中でベストのものがプロモーションとCDのジャケットカバーに採用された。

レコーディングのことを話すと、ハンブルグのスタジオで今年の7月に行われた。
大体1週間、それを行うのに時間をかけた。
自分にとっては十分な時間であった。十分エクスペリメントできたし、その中でベストバージョンを選ぶことができた。

初めの2日間は、ピアノ(そのピアノはレコーディングの2-3ヶ月前に選んだもの)を理解、感じるために使った。
もちろん、まず初めに、マイクロフォンのセッティング、音楽ディレクターとの打ち合わせをし、
その後、13:00-20:00までレコーディング。

自分にとって1番大事なことは24の作品(楽曲)の1つ1つを1つの作品として作りあげること。
コンサートでの演奏に近いようにロングセッションでレコーディングしようと決めた。
まず、初めの12のプレルディア(preludia)を録音し、次に12のプレルディアを録音した。

これを4-5回繰り返した。
いつもは、CD作成のためには最後から2番目に録音したものを選ぶ。
時々、録音した1つのプレルディウム(preludium)にもどってみて、もしもっとよくなるのなら録音をし直した。

大体、初日にプレルディアをレコーディングし、それからノクターン、のこりの2つのプレルディウムは最後の2日間で録音した。

マスターCDはとても早く出来上がった。
レコーディングの翌月の8月初めに受け取った。
8月末頃に、自分が昼夜聴いてOKを出したファイナルバージョンを受け取った。
そして、CDのプロモーションが始まったのであった。

----------
こうして、あの名盤ができたのだ~♪
きりんは、最後の「自分が昼夜聴いてOKを出した」のところに感動しました。。。

最初のところのフォトセッションは、こちらのメーキングビデオで、様子がわかります。

あと、くまさんのコメントで興味深かったのが、

「インタビューの画面からCD屋さんの出入り口で盗難防止のアラームの音が聞こえると思うんだけど、しかも数回。
これってポー国に多いんです。
反応が超いいのか、センサーの誤作動か、商品持っていなくても鳴ります。
何だか、そのたびに店員さんがきてチェックするんだけど・・・」

そういう環境でインタビューしてたんですねえ。
臨場感あります。。。


**くまさんが訳してくださったこのインタビューで、前奏曲:prelude(s) のポーランド語がpreludia (単数はpreludium)であることを知り、後に英語ブログのネーミングに使うことにしました。私にとって記念すべきインタビューでした。(2010年7月追記)

**************************

このウェブサイトに引用している画像・文章等は、著作権を有する所有者に属するものがあります。
このサイト www.blechaczinfo.com 独自の著作物を引用なさる場合は、事前に サイト管理人 にご相談くださいますよう、お願い申し上げます。


ブレハッチのサンノゼでのリサイタル、レビュー(その2)(アメリカ)

ブレハッチ、サンノゼ演奏会(5月4日)レビュー(その2)

永遠の若さの魔法の杖
クラシカル・ミュージック・ガイド掲載
評:ゲリー・レムコ(カリフォルニア在住。クラシカル・ミュージック・ガイドでの評論多数。)


ベイ・エリア・スタインウェイ協会の2007年―2008年演奏会シリーズの最後を飾り、ポーランドの若々しいピアニスト、ラファウ・ブレハッチ(1985年生まれ)が、
5月4日日曜日、ル・プチ・トリアノン・シアターで、
モーツアルト・ドビュッシー・シマノフスキーそしてショパンという大きなプログラムで演奏した。

ショパンの前奏曲op28という壮大な作品は、ブレハッチが詩情あるヴィルトゥオーソであり、
高い理想と移り変わりの速い曲の特徴を表現できる技術・色彩の使い手の中でも真の代表的演奏家であることを証明した。

彼はうっとりとした聴衆を何度も集団催眠にかけ、これは2回のアンコールにつながった。

アンコール2曲目、モシュコフスキーの活気あふれる「花火」は、この夜の音楽作り全体を特徴付ける大成功を物語った。


体の隅々まで熱い血が満ちたポーランドの若者、ヴィルトゥオーソのラファウ・ブレハッチは、
同国の人々が「ジャル」と呼ぶ、熱意あるエネルギーと気迫を込めてピアノを弾くが、
同時にコルトーよりはポリーニを彷彿とさせるような古典的落着きでそれを抑制している。

ブレハッチは、モーツアルトの比較的演奏頻度の低い作品、ソナタニ長調k311で演奏を開始した。

3楽章から成る実験的な作品で、アレグロでは、トリルや素早い音符を軽く優雅に弾く必要がある。
彼はしなやかな繊細さでそれを実現した。

モーツアルトのコデッタが展開部となり、テーマを逆順で再現する過程で、ブレハッチのアグレッシブで明るいアタックが原動力を与えた。

ゆっくりとした2楽章は、ある種のフランス的ロンドだが、味わい深く、直接語りかけるような魅力があった。

最終章は完全にイタリア的ロンドで、
ソロピアノなのにコンチェルトっぽい効果を出し、カデンツァまでつけてくれた。(テンポプリモに戻る直前のアダージョ部分のことと思われます。)


モーツアルトがブレハッチの大胆かつ古典的な趣向を引き出したとすれば、ドビュッシーは、版画(1903年)で、彼に色を塗らせた。

ブレハッチのやり方はこの作曲家のユニークなスタイルを照らし出し、彼自身ののショパンに対するアプローチにも光をあてた。

「塔」のエキソシズムは、刺すような、官能的な香りで揺らめき、東洋のけだるさが展開する過程で弦の音が重なり合っていった。

もし、「グラナダの庭」がムーア人の庭を呼び起こそうと意図されたものであるなら、
ブレハッチのエチュード的な弾き方によって、庭の水路が速く流れすぎ、
そのテンポによってハバネラ生まれの楽園の音階は、はギターのあいまいな音に変わってしまった。

しかし、「雨の庭」は彼の練習曲的効果に大きく影響されたおかげで、
粒のそろった速度あるアルペジオは、柔らかで催眠効果のある色彩で満ち満ちていた。


演奏会前半の最後に、ブレハッチはカロル・シマノフスキーの変奏曲変ロ短調op3(1903年)を選んだ。
ブラームスの、パガニーニの主題による変奏曲op35のような、主題に基づく12の変奏曲だ。

音階上のテーマはひとえにポーランド的で、おそらくパデレフスキの感傷的気質に影響されたのだろう。

曲の展開に伴い、博識な、しばしば対位法による対話と実行が繊細かつ大規模になされ、
極めて華麗・勇壮なリストのスタイルでオクターブや速いパッセージが弾かれる。

その過程で私たちはヘンデルのシャコンヌのト短調部分を思わせるオスティナート(反復)や
ムソルグスキの展覧会の絵の最終章のブロックコードを認めるかも知れない。

範囲やスケールが巨大なシマノフスキの曲は、ブレハッチが国民性ある熱情と詩情を表現できることを証明した。

紛れもなくユニークであり続けるこの曲の国民性は、外国に出る過程で失われがちだ。


ショパンの24の前奏曲op28(1838年)は、いまだロマン派の鍵盤表現のロゼッタ・ストーンだ(いまだ解読中)。
決められた様式はなく、半音階の全鍵盤5度ごとの循環で配列した、完全な応唱の連続だ。

簡略化した形でも、ノクターン、マズルカ、ワルツ、エチュード、ソナタから切り離した楽章として存在しえる。

各曲の調、特徴、装飾音の付加、語りかけ、フェルマータ、主音の遅れが相互に依存し合っており、
この鍵盤音楽の完全なイディオムとしての特徴を味わうべく、私達を駆り立てる。

人それぞれ好みの小曲がある。

ブレハッチはイ短調(2番)の不穏な非対称にアクセントをつけ、ホ長調(9番)を宿命の昇天へ駆り立てた。

物語的な変イ長調(17番)は、「深き淵より」といった趣だった。

ヘ長調(23番)の嵐の前の静けさは、ニ短調(24番)にいたり火山の噴火を見た。

ブレハッチは、ショパンのジョルジュ・サンドに対する激しく揺れ動く苦悶で私達を圧倒した後、アンコール1曲目で優しさを与えた。

ショパンの永遠のワルツ嬰ハ単調は、永遠の若さのための魔法の杖。
パルナッソス山(音楽と詩の聖地)への階梯へ私たちを歩ませる、と詩人がうたった優美な衝動の魔法の杖だ。


------------
以下は、4月のミシガンでの演奏会に関連した、CDレビューです。

カラマズー・ガゼッタより(4月27日、ミシガンでの演奏会のレビューがすでに掲載されている地元新聞です。)CDについての記事。

ライジング・スター
ラファウ・ブレハッチのCD、絶賛を受ける。


ラファウ・ブレハッチは、日曜日、ウエスタン・ミシガン大学のダルトンセンターリサイタルホールで演奏したが、
彼の新CD「ショパン前奏曲全曲(DG)」はメディアで大きく注目されている。

「このCDカバーの写真のラファウ・ブレハッチは、どう見ても14歳より上には見えない(実は22歳)」
と、アリゾナ・リパブリック・ミュージックの評論家リチャード・ニールセンは4月6日付けの記事で語った。

「しかし、彼の新CDのショパンの前奏曲とノクターンは、
グレン・グールドのゴルドベルク以来、デビューアルバムとしては最高といえる。それほど素晴らしい。」


「若い新人ピアニストはほぼ毎日わいて出てくる。
大々的なPRキャンペーンに後押しされる人もいれば、多くのコンクールで突如現れ、二流オケと世界ツアーするごとに疲労し、まもなく消えていく人もいる。

ブレハッチは異なる。彼は語るべき大きなもの、彼の演奏に浸透するパーソナリティを持っている。…本当に新鮮さを吹き込むピアニズムだ。」

記:ジェームズ・サンフォード(カラマズー・ガゼッタ紙)

--------

前者のサンノゼのレビューの英語は、大変むずかしいものでした。
とても文学的表現や素直でない言い方が多く、
詩などの引用もあって凝った言い回し。

その割には、ブレハッチの演奏への具体的な指摘はあまり多くないような・・

評論家自身も、「ブレハッチにうっとりとした聴衆のひとり」だったのかしら^^と思ったりしました。

「のだめカンタービレ」に出てくる、佐久間学(だったっけ?)という
ユニークキャラの評論家にタイプが似てるかも・・・

題名の「魔法の杖 the wand」は、文中、ショパンのワルツを形容するものとして使われていますが、
おそらく、若いブレハッチが魔法の杖(のような素晴らしい演奏で)で聴衆を魅了した、ということの比喩ではないかと思いました。


訳語で一箇所注釈を。
うっとりした聴衆を「集団催眠にかけた」のところはきりんの意訳です。

原文は、brought 聴衆 to its collective feet ですので、本当は、
「うっとりとした聴衆は全員が何度も立ち上がった」(スタンディングオベーションのこと)。

これがもし、to feet でなく、at feet だと、「~に魅了され、いいなりになる」というような意味になります。

途中、ドビュッシーの「雨の庭」で、ブレハッチのアルペジオは「hypnotic 催眠効果のある」という表現があり、
これはこの日のブレハッチと聴衆との関係をうまく描いているなあ、と思い、先の部分もその雰囲気を反映させてみました。


また、後者の記事の「14歳より年上に見えない。」って、私も似たようなことを思いました。
っていうか、CDのカバーの方がご本人よりよほど年上に見えます(笑)


これで、ブレハッチの北米演奏会関係の記事は、ひととおり見てきました。

ブレハッチの今後のスケジュールを見ると、これだけ英語で記事が入手できることは、当分ないと思われます。
また、ドイツ語・ポーランド語ばっかり、ちんぷんかんぷんの時期に入ります。
私にとって、楽しい1ヶ月でした。

読んでくださって、ありがとうございました。

**************************

このウェブサイトに引用している画像・文章等は、著作権を有する所有者に属するものがあります。
このサイト www.blechaczinfo.com 独自の著作物を引用なさる場合は、事前に サイト管理人 にご相談くださいますよう、お願い申し上げます。


2008年5月19日月曜日

ブレハッチのサンノゼでのリサイタル、レビュー(その1)(アメリカ)

今日は、サンノゼ演奏会(5月4日)、きりんがこれまで目にした中で、最も厳しい内容です。
訳す気分にならず、うっちゃっておいたのですが、
この「マーキュリーニュース」に書かれたレビューは、「ワシントン・ポスト」のようなメジャーなメディアにも投稿されています。
なので、しぶしぶ訳したのですが、
よくよく見ると、なるほどと思えたり、
たぶんこの批評家はブレハッチが好きなのだろう、と思えてきました。

--------------------
コンサート・レビュー:サンノゼのリサイタル(5月4日)にて。

技術で目をみはらせる、ポーランド若手ピアニストラファウ・ブレハッチ。
しかし、サンノゼでは、このショパンコンクールの勝者は解釈力がいまひとつ。

評:Richard Scheinin

(まずブレハッチの紹介:ショパンコンクールとDGからのデビューについて言及:略)

ブレハッチが5月4日サンノゼのル・プチ・トリアノンの演奏会は、前奏曲全曲を最後にもってきたが、大変よかった。
彼は、驚くほどに鍵盤を支配し、唖然とするほど楽々と弾くことができる。

しかし、今思うに、彼は技術以上のところに飛翔して深みを極めなければならないとわかっているようだ。
従って、少なくとも日曜日の演奏会では、開いた口がふさがらないような技術力を次々と見せつつ、彼は心の奥深くで苦しみ、求めていたように思った。
あらかじめ想定できなかったであろう彼の苦しみは、魅力的に見えた。
しかし、思うところまでは到達できなかったようだ。

換言すれば、彼にはさらなる味付けが必要なのだ。
今後数年間、彼の巨大な才能と直感が彼をどこに導いていくのか、フォローするのは興味深いと思う。

演奏会はモーツアルトのソナタニ長調K311ではじまった。
ブレハッチは第1楽章アレグロの16分音符を、きっちりと楽々とやっつけた。
内省的な第2楽章は解釈が不発に終わり、妙に勇ましい和音の響きだった。
最終楽章は完全にコントロールしていたが、音符は音符以上の何者でもなかった。

彼のドビュッシーはこれよりずっと良かった。

1903年作曲の「版画」で期待されるのは、
まず第1楽章「塔」がインドネシアのガムラン的五音音階と打楽器的な性質を再現し、
第2楽章「グラナダの夕暮れ」がフラメンコのポストカードの絵を送り、
第3楽章「雨の庭」ではたちこめた靄の中をただよわせること。

ブレハッチのトリルとアルペジオはまことに美しいのだが、愛らしいさざ波だけでなく、堅牢な構造が求められる「塔」では、それを抑え気味にしていた。
彼の「グラナダ」は大きなスペインギターの響きのように聞こえる部分があり、耳障りで強烈すぎた。
「庭」は正しい雰囲気をつかみ、ブレハッチは技術的な要求の中、リラックスしていた。

前半の最後はシマノフスキの変奏曲変ロ短調作品3だった。
ブラームス、ラフマニノフ、スクリャービンの核心的なものを内部に持つ作品。

「版画」と同様、この曲は1903年に完成。この年、ドビュッシーに感化されたポーランド人シマノフスキは21歳になった。
ひとつの変奏曲から次の変奏曲への変化、雰囲気と調、あるいはテクスチャーとテンポが常に変容するこの作品の美しさは、ショパンの前奏曲をうまく導く前提になっている。

ブレハッチは影の部分を陰鬱に通り抜け、深夜のワルツに色彩を与え、最終章では荒れ狂った。
奮闘の熱気の中執拗なオーバーペダリングがあったが、まあよしとしよう。
ブレハッチはいい意味で音楽に没頭したのだ。

休憩後は、優雅で慣れ親しんだショパンの前奏曲。

前半の12曲で、ブレハッチは私たちが既に知っている以上のところへは到達しなかった。
例えば、有名なホ短調ラルゴ(4番)はよくある、真摯なメランコリー、といった演奏だった。

しかし、後半に入る前に、彼はハンカチを取り出し、鍵盤を拭いた。
特にシンボリックなジェスチャーではなかったと思うが、それ以降、彼の演奏は魅力を増した。
点描画法主義者が突如爆発したヘ短調(18番)、鉄をたたき出すような和音の響きと心引き裂かれる激情のハ短調(20番)、そして、ト短調(22番)での恐るべきアジテーション。

最後のニ短調(24番)は、すでにドラマを使い切っていた。
ブレハッチは疲れていたようだ。
しかし、アンコール2曲目、モシュコフスキーの女軽業師(注:アンコールは火花でした。)は、気が狂いそうなほどむずかしい曲だが、彼は最高に軽々と飛ぶように弾いた。
この素晴しい若者はタフィー(お菓子)作りの集いを開いてもよいくらいだった。

ブレハッチは5月11日夜7時から、サンフランシスコのハーブスト劇場でも演奏する。

----------------
このサンノゼ演奏会は、きりんが実際見てきた演奏会です。
きりんはこんなにクリティカルに見ることはもちろんできず、
ひたすら感動していました。

以前、「アメリカ演奏会大成功」という記事でも書いたとおり、
ブレハッチは本番前に、シマノフスキー(特に最後の曲)を繰り返し、またショパン21,22,23,24を練習していました。
ということを思いながら、この記事を読みました。

****************************

このウェブサイトに引用している画像・文章等は、著作権を有する所有者に属するものがあります。
このサイト www.blechaczinfo.com 独自の著作物を引用なさる場合は、事前に サイト管理人 にご相談くださいますよう、お願い申し上げます。


2008年5月17日土曜日

ラファウ・ブレハッチ、サンフランシスコでのリサイタルのレビュー(2)(アメリカ)

サンフランシスコのクラシカル・ボイスというサイトに、5月11日のラファウ・ブレハッチ演奏会のレビューが掲載されました。

関連部分を抜粋します。

(お願い)レビュー記事の転載・使用はご遠慮ください。

真髄を生み出すペダル

5月11日日曜日、サンフランシスコのハーブスト劇場のデビューリサイタルでポーランドのピアノのビルトゥオーソ、ラファウ・ブレハッチが最初の音を鳴らすまえに、ホールは期待感があふれかえっていた。
私の元生徒でポーランド生まれの若い女性が母親と一緒に私のところにやってきて、興奮して言った。
「彼を心から誇りに思います。」
もちろん、あちこちからポーランド語が聞こえた。
チェンバー・ミュージック・サンフランシスコのディレクター、ダニエル・レーベンスタインが壇上に上がり、演奏会の主催者であるジェームズ・サリバンとアーリーン・サリバンに謝意を述べた。
その後、ポーランド名誉領事のクリストファー・ケロスキーが聴衆に挨拶、ピアニストを紹介した。

お祝いムードはプログラムの最初、モーツアルト初期のソナタニ長調K311でも続いていた。
21歳の作曲家と22歳の演奏家のコラボレーションは、若さゆえのの熱意とほとばしる機知で満ち満ちていた。
モーツアルトの絶えまない唐突なダイナミクスの変更は、現在では度が過ぎていると思われている。
しかし、当時フォルテピアノがいかに新鮮なものだったかを覚えておく必要がある。
当時それは新しい心躍るようなおもちゃであり、驚くほど劇的な変化を起こすことができ、若いモーツアルトは新たに発見した特殊効果に喜々としてとりくんでいたのだ。

残念ながら、昨今のピアニストはこの鋭いなコントラストを平準化してしまった。
ひとつには、それぞれの効果を正確に示すことが極めて困難なのだ。
ブレハッチの名誉にかけて言うなら、彼はこの音の優しさと気ままさとの微妙な綱引きを、自然かつ大変魅力的にやってのけた。

プログラムでもう一点成功したのは、カロル・シマノフスキーの変奏曲変ロ短調op3だ。
1903年に書かれた変奏曲には、幅広い奏法、様々な様式から影響されている。
ブレハッチはまったく楽々と、憂鬱なコラールから優雅なマズルカまで、痛切な抒情詩から強いクライマックスまで、手際よく変化をつけた。

ドビュッシーの版画は、この後のシマノフスキほど効果的ではなかった。
構成する3曲は、絵画的な趣を持つものと考えられ、ブレハッチがスタインウェイから引き出すことができた以上の絢爛とした音色が求められる。
最初の「塔」の演奏は明瞭だが面白みに欠けた。
一方3曲目の「雨の庭」では、音色に実体がありすぎ即物的だった。
「ハンマーがないかのような楽器」を求めるドビュッシーの意思を確実に反映すべきだ。

これとは対照的に、「グラナダの夕暮れ」は逆らえないほどの情熱に満ち、セクシーでさえあった。
このまるで正反対の断片をごちゃまぜにした曲をひとつの演奏として組み立てるのはむずかしく、ドビュッシーが意図したとおりにこの作品が弾かれたことは、かつてなかった。
こうした予想に反し、ブレハッチはこのきまぐれな狂詩曲を納得できる形でつむいだ。

(次の段落は、ショパン前奏曲op28に関し、後に続くフーガ等の曲がないのにかかわらず、前奏曲と呼ぶことの是非―シューマンやリストの意見等が解説されていますが、ブレハッチの演奏に関係ないと思われるので省略します。)

指関節を酷使する曲の数々(前奏曲)
ショパンの前奏曲を演奏するのが困難なのは、技術ではない。
もちろん、指が折れるのではと思われる困難な曲も多く含まれるが。
これらの「奇妙な小品」の演奏を挑戦的にしているのは、概念的な複雑さである。
ブレハッチは際立ったピアニストで、美しい音色、感化を与える豊かな表現力、生来の音楽的センスを持っている。
前奏曲の何曲か(1,3,5,8,9,10,11,12,14,15,23,24)は流れるルバートで、まっすぐな詩情で歌われた。

しかし、他の2,3の曲はまあまあ普通の演奏だった。
Op28には、演奏家が発見できる多くのことがらが含まれている。
ペダリングのような一見マイナーな点も大きな役割を果たすことが多々ある。
ショパンはペダルの指示を大変細やかに行い、自筆譜にペダルを修正し、何度も楽譜を出版した。
しかし、ブレハッチも含め、多くの演奏家は、前奏曲2,6,13,21の普通でないペダル指示を守ってはいない。
しかしながら、オリジナルのペダリングを再生しようとする者には驚くべき望外の芸術的成果が返ってくる。

前奏曲2番は、この小曲全体を通してペダルを使わなかったならば、もっともの悲しい、あの世的な響きとなっただろう。
そして、最終曲の結末は、もしブレハッチがショパンの願いに留意し、最後の5小節ずっとペダルを維持し続けたならば、もっとぞっとするような響きを出していたことだろう。

コンサートは大いに盛り上がって終わった。
ポーランドの鮮やかな民族衣装を着た少女がブレハッチに花を贈った。
その後、彼は、2曲の素晴しいアンコール曲を弾いた。ショパンのワルツ嬰ハ短調とモシュコフスキの火花。

評:Anatole Leikin(カリフォルニア大学サンタクルス校教授。
多くの論評、著作を執筆、自身もショパンとスクリャービンの曲を録音している。)

*************************

このウェブサイトに引用している画像・文章等は、著作権を有する所有者に属するものがあります。
このサイト www.blechaczinfo.com 独自の著作物を引用なさる場合は、事前に サイト管理人 にご相談くださいますよう、お願い申し上げます。


2008年5月14日水曜日

ラファウ・ブレハッチのサンフランシスコのリサイタルへのレビュー(1)(アメリカ)

ラファウ・ブレハッチの、サンフランシスコでの演奏会(2008年5月11日)に対するレビューです。

(お願い)レビュー記事の転載・使用はご遠慮ください。


「サンフランシスコ・クロニクル紙」のオンラインバージョンであるSFGateに掲載。
(5月13日付け)
評価者:ジョシュア・コスマン、同紙の音楽評論家)


ポーランドの若手ピアニスト、ショパン音楽の力強いバージョンを披露


ショパンがピアノの世界から遠ざかったことはかつてないが、ショパンは最近とりわけ雄弁な擁護者を選んでいるようだ。

ショパンを特別な存在にした、アルゼンチンのイングリッド・フリッターも選ばれた演奏家リストに含まれる、このリストに、
私は、ラファウ・ブレハッチも加えたいと思う。
この若いポーランド人のヴィルトゥオーソは、日曜の夜(5月11日)、ハーブスト・シアターで力強いデビューを果たした。

ブレハッチは鉄の指を持ち、スタミナ満点。
しかし、もっと重要なことは、彼は、他の演奏家とは明確に異なった基本的考え方を持っていることだ。
ブレハッチのショパンは、多くのピアニストのような沈みこんだ、気まぐれなラプソディではない。
ブレハッチの世界では、ショパンは力強いまっすぐな存在として、極めてきびきびと率直に語られるため、ロマン派のアーチストとは思えないことがある。


親しまれた作曲家に対するこの型破りの姿勢は、聴き手によっては、繊細な色彩感が不足し、感情的なほのめかしが失われていると感じたかもしれない。
しかし、それを補う価値は極めて魅力的なものがある。


明らかに、ブレハッチはもはや喝采を求めてはいなかった。
2005年、20歳のときに、彼はワルシャワのショパン国際ピアノコンクールで、ポーランド人としてはクリスチャン・ツィメルマン以来30年ぶりに優勝を果たした。


最近ドイチェ・グラモフォンからリリースした彼のデビューCDは、前奏曲op28のすばらしく透明な解釈であり、
このショパン音楽の多くを抱合した曲は、今回サンフランシスコチェンバーミュージックが提供したブレハッチのリサイタルでのハイライトとなった。


世の多くのピアニストのショパンに対するアプローチが、方向性の捉えそこないや人を驚かせる効果で幻惑させる手品師のやり方だとすれば、
ブレハッチはまるでビンテージの時計(=ショパンの曲)を見せてくれるようだ。
彼はこれらの巧妙なで驚異的な時計の多くを自分の箱に持っており、
自らの技術を使って順番に開き、歯車や機構ががどんなふうに動いているのかを見せてくれる。


その方法は、前奏曲をシャープな切れ味、最小限のペダリング、そしてめまいがするほど豊富な鍵盤技術で、すばやくクリーンに演奏すること。
ブレハッチの演奏を聴いていると、――最も入り組んだテクスチャーの部分であっても汗もかかず楽々と駆け抜けるように弾くため、
聴き手はこの音楽が実はとても困難だということにさえ気づかないかもしれない。


彼の演奏に感情がこもっていないというのではない。
前奏曲ロ短調は圧倒的に感傷的な調子、ハ短調は荘厳さと親密さを巧みに組み合わせて演奏している。


しかし、彼の最強の見せ場は、ショパンのもっと古典的な構成のところだ。
ト長調で、ブレハッチは輝くような左手の伴奏を楽々と高速で弾くので、右手のメロディはまれにみる魅力と明瞭さでくっきりと表現されている。
ホ長調の雄大な和音は暖かくどっしりと響き、変ニ長調、有名な雨だれでさえも、通常の夢見るような演奏を振り切り、我々がこれまで想定したよりもずっと快活な音楽作りになっている。


ブレハッチは、もっと鮮明に弾いた方が効果が出たかもしれない所が何箇所かあった。
嬰ト短調と変ロ短調の強烈なパッセージはややぼやけた。――非常に精密に弾いていただけに、損失が目立った。


ブレハッチの鮮明で手際よい分析的なアプローチは、前半の多様なレパートリーでも同様に実を結んだ。
モーツアルトのソナタニ長調k311は、幾分冷淡な始まり方をしたが、すぐにゆっくりとした2楽章で暖められた。


ドビュッシーの版画はショパンと同様、多くのピアニストが弾くよりもずっと明るい光を投げかける演奏だった。
隠れた欠点が見えるようなことは全くなかった。
シマノフスキーの変奏曲変ホ短調op3は、休憩後演奏されたショパンに導くため様式を整える、食前酒の役割を果たした。
アンコールはショパンのワルツ嬰ハ単調op64-2、モシュコフスキの輝くような、火花の、傑作と呼べる演奏。

*************************

このウェブサイトに引用している画像・文章等は、著作権を有する所有者に属するものがあります。
このサイト www.blechaczinfo.com 独自の著作物を引用なさる場合は、事前に サイト管理人 にご相談くださいますよう、お願い申し上げます。


2008年5月10日土曜日

ラファウ・ブレハッチ今後の予定 (2008年)

5月11日、サンフランシスコHerbst Theatre:ハーブスト・シアターでの演奏会が、
北米での最後のプログラムとなります。

このシアターは、War Memorial Veterans Building:直訳すると戦争記念退役軍人ビルの中に位置し、
このステージで、1945年6月26日、国連憲章が調印されたそうです。


北米ツアーの直前に、当地では、最新CDショパン「前奏曲」が発売されたようで、いくつかレビューが出ています。

例えば、SFGateのサイトでは、
技術的に極めて高い水準にあるばかりでなく、とかく感傷的になりがちなショパン音楽を歯切れよくドライに演奏するため、
ペダルの使用を最小限に抑え、

音符の込み合った箇所や非常に速いパッセージも一音一音を明瞭に弾き、
ショパンが書いた音はすべて聴く価値があるとの信条を持っているようだ。

その結果生まれる音楽は心が揺さぶられるもの。


と述べています。

この演奏会のチケットは、ポーランド系の人々、いわゆるポローニャに対しては、ディスカウント価格で提供されています。
(通常38ドルのところ、30ドル。←定価で見ても、バンクーバー、サンノゼは、もう少しお高かったです。)

こうした、在外ポーランド人の数は、歴史的経緯もあり、2000万人ですか、非常に多いと聞いたことがあります。


バンクーバーで、演奏会後のレセプションに参加するため、事前にご担当の方と連絡をとりあったことを以前に書きました。

このご担当の方もポローニャです。ピアニストになる道をあきらめ、コンピュータ・エンジニアとして生きてこられました。

10年前、ショパン音楽をもっとカナダで聴いてもらいたい、との思いから、
仲間とショパン協会を設立したそうです。

今回のブレハッチ演奏会は、協会の設立10周年の記念イベントでした。
こうした背景を知ったのは、演奏会の前日になってからでした。



さて、レセに参加したくて、私は最初ショパン協会に電話してみたのですが、
何回かかけてもいつも留守電。

そこで、ショパン協会のサイトの「お問い合わせ」にメールを入れてみたところ、
返事がすぐに着ました。現地時間の夜中に。

差出人の名は、Iko Bylicki でした。
私はこれがポーランド語だと全く気づかず、「アメリカ大陸の先住民系の人かな?」などと思いました。

返信するとき、Ms. Iko Bylicki と書きました。こういう組織の事務局の人は女性だろうと思って。留守電も女性の声だったし。

ずっとMs.でやりとりし、演奏会の前日にある記事をウェブで見ました。
Bylickiさんが今回の演奏会にかける思い、のようなことが書いてありました。
初めて、Bylickiさんが男性で、元ピアニストで、コンピュータ技師で、ショパン協会のプレジデントであることを知りました。

レセの時、ご本人にお会いできたので、女性扱いしたことを謝り、
「ショパン協会10周年おめでとうございます」と書いたグリーティングカードを差し上げました。

温かい雰囲気のIko Bylicki さんは、「時々間違われるんですよ。Ikoって女性みたいでしょ。」と笑っていました。

レセプション参加者もポローニャの方々がとても多く、
ラファウ・ブレハッチが会場に到着したときは、お祝いの席で歌われる歌、「スト・ラト(Sto lat)」の大合唱で迎えられました。



アメリカの次は、6月4日チェコのプラハのRudolfinum - Dvorák Hall 。
曲目等詳細は・・わかりません!情報ありません。


そして、7月31日、スイスのヴェルビエ音楽祭に参加。
続いて、8月2日、フランスにて、La Roque d'Anthéron国際ピアノ音楽祭に参加。


その後は、8月に、ザルツブルグ音楽祭参加、コンセルトヘボウとの共演と続きます。  



***********************

このウェブサイトに引用している画像・文章等は、著作権を有する所有者に属するものがあります。
このサイト www.blechaczinfo.com 独自の著作物を引用なさる場合は、事前に サイト管理人 にご相談くださいますよう、お願い申し上げます。






2008年5月7日水曜日

ラファウ・ブレハッチ、バンクーバーとサンノゼのリサイタルから―順調なアメリカデビュー

アメリカを訪れる機会があり、ラファウ・ブレハッチの演奏会を鑑賞する機会にめぐまれました。
バンクーバーとサンノゼの演奏会です。


会場:
バンクーバー: ブリティッシュ・コロンビア大学チャンセンターホール
サンノゼ:   ル・プチ・トリアノン・シアター

プログラム:
モーツァルト ソナタk 311
ドビュッシー 版画
シマノフスキ 変奏曲op3
ショパン   前奏曲op28
アンコール  ショパン ワルツop64-2 モシュコフスキ 火花(サンノゼのみ)


ポーランド系住民は2500人という多民族社会のバンクーバー。
主催者のバンクーバーショパン協会は、ポーランド人元ピアニスト(今はコンピュータエンジニア)が、
この国の人にもっとショパンの音楽を、との熱意により、10年前に立ち上げました。

開演に先立つ代表者(中国系)の挨拶は、ポーランド語と中国語も取り混ぜてのものでした。



バンクーバーの演奏会場ブリティッシュコロンビア大学内チャンセンター



音響の良い1000人余り収容の会場は、安価で良い音楽を多くの人へ、特に家族連れと学生へ、
との主催者の方針通り、小雨降る肌寒い金曜の夜、幼児も含め老若男女で埋め尽くされ、補助席も出されました。


一方、サンノゼは、人口の3割がヒスパニックで、電車や街中では、マジョリティがスペイン語を話すという環境ですが、
演奏会はさすがに英語スピーカーばかりでした。

こちらの主催者はベイエリア・スタインウェイ協会。

定期的に優良なピアノ演奏会を開き、会員が集います。バンクーバーとは全く客層が異なり、皆、ピアノ音楽の目利きのようですが、
ブレハッチのことはあまり知られていないようでした。


「彼の姓はどう発音するの?」と聞かれ、教えてあげた女性、実は主催者協会の会長でした。
開演の挨拶で、「ではラファウ・ブレハッチを紹介しましょう。この発音、特別トレーニングを受けたのよ。」と言い、笑いをとっていました。

どちらの会場も、演奏終了後は全員が即座に立ち上がってのスタンディングオベーションです。

バンクーバーでは大歓声に口笛までプラスされ、まるでスポーツの試合でひいきのチームが勝利したかのよう。
本当に皆さんが感動し、喜びを感じているのがひしひしと伝わってきました。



サンノゼの演奏会場ル・プチ・トリアノン・シアター



以下は、サンノゼでの印象です。

ラファウの演奏は、随分「見せる」(魅せる)要素が増えてきたように思いました。
弾ききった時の手のアクション、表現力も多様に、そして、よりパワフルに。


モーツァルトは、最近のレビューでも表現されていたとおり、お茶目でコミカルで本当に楽しそう。
3楽章の231小節・テンポプリモの直前のアダージョの部分、すまして右手・左手で交互にちょっと大げさに弾き、聴衆からくすくすと笑い声が。

名騎手がスマートな名馬を上手に手綱を使って早足で駆けさせたり、リズミカルに躍らせたりしているかのようでした。
クリアーで清明な音。


ドビュッシーは、一変して、深く柔らかな、ビロードのような本当に美しい響きです。
私の席から右手が良く見えたのですが、指全体をしなやかに用いての演奏。

不覚にも泣けてきました。去年の来日時より随分変わった気がしました。

ステージから下がることなく、連続してシマノフスキに入りました。
弾き始める前にうつむいてじっと心を集中させます。


当地の聴衆にはあまりなじみのない曲かと思いますが、あっという間に聴衆が引き込まれ、じっと聴き入っていました。
皆さんが深く感動しているのがよくわかりました。

強い音の和音で彼の上半身が浮き、落下する様子に、肩をすくめ首を振って驚いている男性がいました。


サンノゼで、早めに会場に着いた私は、リハを聴く幸運に恵まれたのですが

(ロビーと会場の仕切りが木製でガラス張りのドアなので、ロビーで充分聞こえるのです。)、

ほとんどの時間をシマノフスキにあて、特に最終曲の最後の部分は何十回も繰り返し、ゆっくり→インテンポ、と練習していました。

もう何年も弾いているレパートリーなのにこの努力。心動かされました。



サンノゼ会場のロビー



会場の都合でリハが始まったのは5時15分位からと、随分遅かったのです。

7時の開演20分前まで、お客さんが随分来てるのに練習しつづけました。

このほか、モシュコフスキ、ショパンの21, 22,23,24番と、モーツアルトの2、3楽章をさらっていました。


練習のかいあってか、シマノフスキの終わり部分、ものすごい迫力でした。


ショパンは、もはや、鍵盤の方がラファウの手に吸い付いてくる感じです。
日ごろの主張どおり、全体をひとつのまとまった曲として弾きこなし、各小曲間の連結の仕方も神がかり的。

奏者とピアノは完全に一体化、感動にみちた聴衆もそこに統合されました。

皆が身を乗り出して、食い入るようにピアニストを見つめ、そのエネルギーを受け取るラファウがまたインスピレーションを放射する、という、完璧なコミュニケーションの循環が成立していました。


終了後、お客さんの会話が耳に入ってきました。

「彼はまさにスーパー・ヴィルトゥオーソだね。」
「大変なスーパー・テクニークの持ち主だ。」
「シマノフスキーの低音部はラフマニノフ並みなのよ。」
「終わりに行くにしたがって、すごくなったわ。」
「彼は本当にお茶目だね。」
「最後の曲(火花のこと)は、ほんとにすごいね。速いね。」などなど。

皆さん目が輝いています。うれしそうです。

サンノゼは客席が300余りの、古いけれども自然な響きが楽しめる素晴しい会場です。
ラファウのナチュラルさと相まって、最高の演奏に思えました。


サイン会があり、サインを求める人々、写真を撮る人々で小さなロビーは沸きかえりました。



ファン一人一人に笑顔で対応するラファウ



私の番になり、「ありがとう、ラファウ。今日の演奏は私にとってベストでした。」と言ったら、
「ベスト?バンクーバーよりも?」と切り返されてしまいました。
「うーん、正直なところ。」
すると晴れやかな笑顔で、「また演奏会で会おうね。」

(ベストというのは、全く私の主観です。バンクーバーも大絶賛のレビューが出ています。)

もうひとつ。サンノゼでは、椅子の高さが合わず、(ラファウが小柄なので、既存の椅子では低すぎる)、
主催者が座布団はないか、と走り回っていました。

結局、椅子の下に小さなカーペットが敷かれたそうですが、せいぜい数ミリしかアップできなかったと思います。
そんな不利な環境でも、平常心で力を出し切るラファウ。

本当に素晴しい演奏会でした。



***************************

このウェブサイトに引用している画像・文章等は、著作権を有する所有者に属するものがあります。
このサイト www.blechaczinfo.com 独自の著作物を引用なさる場合は、事前に サイト管理人 にご相談くださいますよう、お願い申し上げます。


2008年5月6日火曜日

ブレハッチ、バンクーバーでのリサイタルのレビュー(カナダ)

バンクーバーサン紙のオンライン版(5月5日付け)に、5月2日のバンクーバーでの演奏会のレビューが載りました。
「ブレハッチ、ショパン音楽の美と素朴さを復活させる。
ポーランド人ピアニスト、24の前奏曲で聴衆を魅了」

まず、ブレハッチの経歴や主催したバンクーバーショパン協会の紹介をし、
原型をとどめないほど複雑化したショパン音楽の、本来の素朴さや情緒の明瞭さを復活する方法を、同国出身のブレハッチが発見し、自然な音作りをしているのは、コロンブスの卵の発見のようだと喩えています。
以下は、プログラム各曲へのコメント部分です。

モーツアルトソナタニ長調、この最も明るいソナタに、ブレハッチは単に速いという以上のあふれくる活発さをもたらした。ただもう素晴らしい。
ドビュッシーは美しく、ペダルにより色彩の、真の味わいを出している。
シマノフスキの変奏曲変ロ短調。初期の作品でショパンの影響を多分に受け、極めて色彩感豊かで美しい作品。めったに聴く機会のないこの作品を聴くことができたのは感慨深かった。

後半はショパンの24の前奏曲全曲。シューマンが「鷲の羽根」(非常に崇高なもののたとえ、でしょうか?)と比喩し、最も短い曲は30秒という小曲集は、最高度に評価されてしかるべき曲集。ブレハッチの魔法で、聴き手はこれら全ての曲に魅了された。16番はただでさえ右手が危険なほど困難な曲だが、大変な速度で弾き、一音たりとも落とさなかった。4番の低音は、純粋な弱音が美しくバランスをとり響き渡った。14番は非常に暗く、衝撃的なまでに不調和な低音が、絶望感を呼び寄せた。

ブレハッチは各曲を、ギャラリーの順路に従って位置づけた。ギャラリーを進むと、「純粋なショパンの陽の輝き」と、ある作家が述べていたような作品から、とても暗い病的な作品まで全てを、金言のように感じることができる。その構成をこの謙虚で若いポーランド人演奏家は、――彼は聴衆のスタンディングオベーションと長く続く歓声に驚いているようだったが――全て暗譜で弾ききった。

ブレハッチの予定は、すでに4年後までいっぱいだ。この演奏会が聴けた我々は幸運だ。
ショパンはブレハッチを必要としている。

原文はこちら。
http://www.canada.com/vancouversun/news/arts/story.html?id=c314b5d2-611f-4bb3-b30b-295cef86c3e5

***********************

このウェブサイトに引用している画像・文章等は、著作権を有する所有者に属するものがあります。
このサイト www.blechaczinfo.com 独自の著作物を引用なさる場合は、事前に サイト管理人 にご相談くださいますよう、お願い申し上げます。