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2008年5月20日火曜日

ブレハッチのサンノゼでのリサイタル、レビュー(その2)(アメリカ)

ブレハッチ、サンノゼ演奏会(5月4日)レビュー(その2)

永遠の若さの魔法の杖
クラシカル・ミュージック・ガイド掲載
評:ゲリー・レムコ(カリフォルニア在住。クラシカル・ミュージック・ガイドでの評論多数。)


ベイ・エリア・スタインウェイ協会の2007年―2008年演奏会シリーズの最後を飾り、ポーランドの若々しいピアニスト、ラファウ・ブレハッチ(1985年生まれ)が、
5月4日日曜日、ル・プチ・トリアノン・シアターで、
モーツアルト・ドビュッシー・シマノフスキーそしてショパンという大きなプログラムで演奏した。

ショパンの前奏曲op28という壮大な作品は、ブレハッチが詩情あるヴィルトゥオーソであり、
高い理想と移り変わりの速い曲の特徴を表現できる技術・色彩の使い手の中でも真の代表的演奏家であることを証明した。

彼はうっとりとした聴衆を何度も集団催眠にかけ、これは2回のアンコールにつながった。

アンコール2曲目、モシュコフスキーの活気あふれる「花火」は、この夜の音楽作り全体を特徴付ける大成功を物語った。


体の隅々まで熱い血が満ちたポーランドの若者、ヴィルトゥオーソのラファウ・ブレハッチは、
同国の人々が「ジャル」と呼ぶ、熱意あるエネルギーと気迫を込めてピアノを弾くが、
同時にコルトーよりはポリーニを彷彿とさせるような古典的落着きでそれを抑制している。

ブレハッチは、モーツアルトの比較的演奏頻度の低い作品、ソナタニ長調k311で演奏を開始した。

3楽章から成る実験的な作品で、アレグロでは、トリルや素早い音符を軽く優雅に弾く必要がある。
彼はしなやかな繊細さでそれを実現した。

モーツアルトのコデッタが展開部となり、テーマを逆順で再現する過程で、ブレハッチのアグレッシブで明るいアタックが原動力を与えた。

ゆっくりとした2楽章は、ある種のフランス的ロンドだが、味わい深く、直接語りかけるような魅力があった。

最終章は完全にイタリア的ロンドで、
ソロピアノなのにコンチェルトっぽい効果を出し、カデンツァまでつけてくれた。(テンポプリモに戻る直前のアダージョ部分のことと思われます。)


モーツアルトがブレハッチの大胆かつ古典的な趣向を引き出したとすれば、ドビュッシーは、版画(1903年)で、彼に色を塗らせた。

ブレハッチのやり方はこの作曲家のユニークなスタイルを照らし出し、彼自身ののショパンに対するアプローチにも光をあてた。

「塔」のエキソシズムは、刺すような、官能的な香りで揺らめき、東洋のけだるさが展開する過程で弦の音が重なり合っていった。

もし、「グラナダの庭」がムーア人の庭を呼び起こそうと意図されたものであるなら、
ブレハッチのエチュード的な弾き方によって、庭の水路が速く流れすぎ、
そのテンポによってハバネラ生まれの楽園の音階は、はギターのあいまいな音に変わってしまった。

しかし、「雨の庭」は彼の練習曲的効果に大きく影響されたおかげで、
粒のそろった速度あるアルペジオは、柔らかで催眠効果のある色彩で満ち満ちていた。


演奏会前半の最後に、ブレハッチはカロル・シマノフスキーの変奏曲変ロ短調op3(1903年)を選んだ。
ブラームスの、パガニーニの主題による変奏曲op35のような、主題に基づく12の変奏曲だ。

音階上のテーマはひとえにポーランド的で、おそらくパデレフスキの感傷的気質に影響されたのだろう。

曲の展開に伴い、博識な、しばしば対位法による対話と実行が繊細かつ大規模になされ、
極めて華麗・勇壮なリストのスタイルでオクターブや速いパッセージが弾かれる。

その過程で私たちはヘンデルのシャコンヌのト短調部分を思わせるオスティナート(反復)や
ムソルグスキの展覧会の絵の最終章のブロックコードを認めるかも知れない。

範囲やスケールが巨大なシマノフスキの曲は、ブレハッチが国民性ある熱情と詩情を表現できることを証明した。

紛れもなくユニークであり続けるこの曲の国民性は、外国に出る過程で失われがちだ。


ショパンの24の前奏曲op28(1838年)は、いまだロマン派の鍵盤表現のロゼッタ・ストーンだ(いまだ解読中)。
決められた様式はなく、半音階の全鍵盤5度ごとの循環で配列した、完全な応唱の連続だ。

簡略化した形でも、ノクターン、マズルカ、ワルツ、エチュード、ソナタから切り離した楽章として存在しえる。

各曲の調、特徴、装飾音の付加、語りかけ、フェルマータ、主音の遅れが相互に依存し合っており、
この鍵盤音楽の完全なイディオムとしての特徴を味わうべく、私達を駆り立てる。

人それぞれ好みの小曲がある。

ブレハッチはイ短調(2番)の不穏な非対称にアクセントをつけ、ホ長調(9番)を宿命の昇天へ駆り立てた。

物語的な変イ長調(17番)は、「深き淵より」といった趣だった。

ヘ長調(23番)の嵐の前の静けさは、ニ短調(24番)にいたり火山の噴火を見た。

ブレハッチは、ショパンのジョルジュ・サンドに対する激しく揺れ動く苦悶で私達を圧倒した後、アンコール1曲目で優しさを与えた。

ショパンの永遠のワルツ嬰ハ単調は、永遠の若さのための魔法の杖。
パルナッソス山(音楽と詩の聖地)への階梯へ私たちを歩ませる、と詩人がうたった優美な衝動の魔法の杖だ。


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以下は、4月のミシガンでの演奏会に関連した、CDレビューです。

カラマズー・ガゼッタより(4月27日、ミシガンでの演奏会のレビューがすでに掲載されている地元新聞です。)CDについての記事。

ライジング・スター
ラファウ・ブレハッチのCD、絶賛を受ける。


ラファウ・ブレハッチは、日曜日、ウエスタン・ミシガン大学のダルトンセンターリサイタルホールで演奏したが、
彼の新CD「ショパン前奏曲全曲(DG)」はメディアで大きく注目されている。

「このCDカバーの写真のラファウ・ブレハッチは、どう見ても14歳より上には見えない(実は22歳)」
と、アリゾナ・リパブリック・ミュージックの評論家リチャード・ニールセンは4月6日付けの記事で語った。

「しかし、彼の新CDのショパンの前奏曲とノクターンは、
グレン・グールドのゴルドベルク以来、デビューアルバムとしては最高といえる。それほど素晴らしい。」


「若い新人ピアニストはほぼ毎日わいて出てくる。
大々的なPRキャンペーンに後押しされる人もいれば、多くのコンクールで突如現れ、二流オケと世界ツアーするごとに疲労し、まもなく消えていく人もいる。

ブレハッチは異なる。彼は語るべき大きなもの、彼の演奏に浸透するパーソナリティを持っている。…本当に新鮮さを吹き込むピアニズムだ。」

記:ジェームズ・サンフォード(カラマズー・ガゼッタ紙)

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前者のサンノゼのレビューの英語は、大変むずかしいものでした。
とても文学的表現や素直でない言い方が多く、
詩などの引用もあって凝った言い回し。

その割には、ブレハッチの演奏への具体的な指摘はあまり多くないような・・

評論家自身も、「ブレハッチにうっとりとした聴衆のひとり」だったのかしら^^と思ったりしました。

「のだめカンタービレ」に出てくる、佐久間学(だったっけ?)という
ユニークキャラの評論家にタイプが似てるかも・・・

題名の「魔法の杖 the wand」は、文中、ショパンのワルツを形容するものとして使われていますが、
おそらく、若いブレハッチが魔法の杖(のような素晴らしい演奏で)で聴衆を魅了した、ということの比喩ではないかと思いました。


訳語で一箇所注釈を。
うっとりした聴衆を「集団催眠にかけた」のところはきりんの意訳です。

原文は、brought 聴衆 to its collective feet ですので、本当は、
「うっとりとした聴衆は全員が何度も立ち上がった」(スタンディングオベーションのこと)。

これがもし、to feet でなく、at feet だと、「~に魅了され、いいなりになる」というような意味になります。

途中、ドビュッシーの「雨の庭」で、ブレハッチのアルペジオは「hypnotic 催眠効果のある」という表現があり、
これはこの日のブレハッチと聴衆との関係をうまく描いているなあ、と思い、先の部分もその雰囲気を反映させてみました。


また、後者の記事の「14歳より年上に見えない。」って、私も似たようなことを思いました。
っていうか、CDのカバーの方がご本人よりよほど年上に見えます(笑)


これで、ブレハッチの北米演奏会関係の記事は、ひととおり見てきました。

ブレハッチの今後のスケジュールを見ると、これだけ英語で記事が入手できることは、当分ないと思われます。
また、ドイツ語・ポーランド語ばっかり、ちんぷんかんぷんの時期に入ります。
私にとって、楽しい1ヶ月でした。

読んでくださって、ありがとうございました。

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