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2008年5月17日土曜日

ラファウ・ブレハッチ、サンフランシスコでのリサイタルのレビュー(2)(アメリカ)

サンフランシスコのクラシカル・ボイスというサイトに、5月11日のラファウ・ブレハッチ演奏会のレビューが掲載されました。

関連部分を抜粋します。

(お願い)レビュー記事の転載・使用はご遠慮ください。

真髄を生み出すペダル

5月11日日曜日、サンフランシスコのハーブスト劇場のデビューリサイタルでポーランドのピアノのビルトゥオーソ、ラファウ・ブレハッチが最初の音を鳴らすまえに、ホールは期待感があふれかえっていた。
私の元生徒でポーランド生まれの若い女性が母親と一緒に私のところにやってきて、興奮して言った。
「彼を心から誇りに思います。」
もちろん、あちこちからポーランド語が聞こえた。
チェンバー・ミュージック・サンフランシスコのディレクター、ダニエル・レーベンスタインが壇上に上がり、演奏会の主催者であるジェームズ・サリバンとアーリーン・サリバンに謝意を述べた。
その後、ポーランド名誉領事のクリストファー・ケロスキーが聴衆に挨拶、ピアニストを紹介した。

お祝いムードはプログラムの最初、モーツアルト初期のソナタニ長調K311でも続いていた。
21歳の作曲家と22歳の演奏家のコラボレーションは、若さゆえのの熱意とほとばしる機知で満ち満ちていた。
モーツアルトの絶えまない唐突なダイナミクスの変更は、現在では度が過ぎていると思われている。
しかし、当時フォルテピアノがいかに新鮮なものだったかを覚えておく必要がある。
当時それは新しい心躍るようなおもちゃであり、驚くほど劇的な変化を起こすことができ、若いモーツアルトは新たに発見した特殊効果に喜々としてとりくんでいたのだ。

残念ながら、昨今のピアニストはこの鋭いなコントラストを平準化してしまった。
ひとつには、それぞれの効果を正確に示すことが極めて困難なのだ。
ブレハッチの名誉にかけて言うなら、彼はこの音の優しさと気ままさとの微妙な綱引きを、自然かつ大変魅力的にやってのけた。

プログラムでもう一点成功したのは、カロル・シマノフスキーの変奏曲変ロ短調op3だ。
1903年に書かれた変奏曲には、幅広い奏法、様々な様式から影響されている。
ブレハッチはまったく楽々と、憂鬱なコラールから優雅なマズルカまで、痛切な抒情詩から強いクライマックスまで、手際よく変化をつけた。

ドビュッシーの版画は、この後のシマノフスキほど効果的ではなかった。
構成する3曲は、絵画的な趣を持つものと考えられ、ブレハッチがスタインウェイから引き出すことができた以上の絢爛とした音色が求められる。
最初の「塔」の演奏は明瞭だが面白みに欠けた。
一方3曲目の「雨の庭」では、音色に実体がありすぎ即物的だった。
「ハンマーがないかのような楽器」を求めるドビュッシーの意思を確実に反映すべきだ。

これとは対照的に、「グラナダの夕暮れ」は逆らえないほどの情熱に満ち、セクシーでさえあった。
このまるで正反対の断片をごちゃまぜにした曲をひとつの演奏として組み立てるのはむずかしく、ドビュッシーが意図したとおりにこの作品が弾かれたことは、かつてなかった。
こうした予想に反し、ブレハッチはこのきまぐれな狂詩曲を納得できる形でつむいだ。

(次の段落は、ショパン前奏曲op28に関し、後に続くフーガ等の曲がないのにかかわらず、前奏曲と呼ぶことの是非―シューマンやリストの意見等が解説されていますが、ブレハッチの演奏に関係ないと思われるので省略します。)

指関節を酷使する曲の数々(前奏曲)
ショパンの前奏曲を演奏するのが困難なのは、技術ではない。
もちろん、指が折れるのではと思われる困難な曲も多く含まれるが。
これらの「奇妙な小品」の演奏を挑戦的にしているのは、概念的な複雑さである。
ブレハッチは際立ったピアニストで、美しい音色、感化を与える豊かな表現力、生来の音楽的センスを持っている。
前奏曲の何曲か(1,3,5,8,9,10,11,12,14,15,23,24)は流れるルバートで、まっすぐな詩情で歌われた。

しかし、他の2,3の曲はまあまあ普通の演奏だった。
Op28には、演奏家が発見できる多くのことがらが含まれている。
ペダリングのような一見マイナーな点も大きな役割を果たすことが多々ある。
ショパンはペダルの指示を大変細やかに行い、自筆譜にペダルを修正し、何度も楽譜を出版した。
しかし、ブレハッチも含め、多くの演奏家は、前奏曲2,6,13,21の普通でないペダル指示を守ってはいない。
しかしながら、オリジナルのペダリングを再生しようとする者には驚くべき望外の芸術的成果が返ってくる。

前奏曲2番は、この小曲全体を通してペダルを使わなかったならば、もっともの悲しい、あの世的な響きとなっただろう。
そして、最終曲の結末は、もしブレハッチがショパンの願いに留意し、最後の5小節ずっとペダルを維持し続けたならば、もっとぞっとするような響きを出していたことだろう。

コンサートは大いに盛り上がって終わった。
ポーランドの鮮やかな民族衣装を着た少女がブレハッチに花を贈った。
その後、彼は、2曲の素晴しいアンコール曲を弾いた。ショパンのワルツ嬰ハ短調とモシュコフスキの火花。

評:Anatole Leikin(カリフォルニア大学サンタクルス校教授。
多くの論評、著作を執筆、自身もショパンとスクリャービンの曲を録音している。)

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