Preludia - Unofficial website for Rafal Blechacz

Blog

2008年5月10日土曜日

ラファウ・ブレハッチ今後の予定 (2008年)

5月11日、サンフランシスコHerbst Theatre:ハーブスト・シアターでの演奏会が、
北米での最後のプログラムとなります。

このシアターは、War Memorial Veterans Building:直訳すると戦争記念退役軍人ビルの中に位置し、
このステージで、1945年6月26日、国連憲章が調印されたそうです。


北米ツアーの直前に、当地では、最新CDショパン「前奏曲」が発売されたようで、いくつかレビューが出ています。

例えば、SFGateのサイトでは、
技術的に極めて高い水準にあるばかりでなく、とかく感傷的になりがちなショパン音楽を歯切れよくドライに演奏するため、
ペダルの使用を最小限に抑え、

音符の込み合った箇所や非常に速いパッセージも一音一音を明瞭に弾き、
ショパンが書いた音はすべて聴く価値があるとの信条を持っているようだ。

その結果生まれる音楽は心が揺さぶられるもの。


と述べています。

この演奏会のチケットは、ポーランド系の人々、いわゆるポローニャに対しては、ディスカウント価格で提供されています。
(通常38ドルのところ、30ドル。←定価で見ても、バンクーバー、サンノゼは、もう少しお高かったです。)

こうした、在外ポーランド人の数は、歴史的経緯もあり、2000万人ですか、非常に多いと聞いたことがあります。


バンクーバーで、演奏会後のレセプションに参加するため、事前にご担当の方と連絡をとりあったことを以前に書きました。

このご担当の方もポローニャです。ピアニストになる道をあきらめ、コンピュータ・エンジニアとして生きてこられました。

10年前、ショパン音楽をもっとカナダで聴いてもらいたい、との思いから、
仲間とショパン協会を設立したそうです。

今回のブレハッチ演奏会は、協会の設立10周年の記念イベントでした。
こうした背景を知ったのは、演奏会の前日になってからでした。



さて、レセに参加したくて、私は最初ショパン協会に電話してみたのですが、
何回かかけてもいつも留守電。

そこで、ショパン協会のサイトの「お問い合わせ」にメールを入れてみたところ、
返事がすぐに着ました。現地時間の夜中に。

差出人の名は、Iko Bylicki でした。
私はこれがポーランド語だと全く気づかず、「アメリカ大陸の先住民系の人かな?」などと思いました。

返信するとき、Ms. Iko Bylicki と書きました。こういう組織の事務局の人は女性だろうと思って。留守電も女性の声だったし。

ずっとMs.でやりとりし、演奏会の前日にある記事をウェブで見ました。
Bylickiさんが今回の演奏会にかける思い、のようなことが書いてありました。
初めて、Bylickiさんが男性で、元ピアニストで、コンピュータ技師で、ショパン協会のプレジデントであることを知りました。

レセの時、ご本人にお会いできたので、女性扱いしたことを謝り、
「ショパン協会10周年おめでとうございます」と書いたグリーティングカードを差し上げました。

温かい雰囲気のIko Bylicki さんは、「時々間違われるんですよ。Ikoって女性みたいでしょ。」と笑っていました。

レセプション参加者もポローニャの方々がとても多く、
ラファウ・ブレハッチが会場に到着したときは、お祝いの席で歌われる歌、「スト・ラト(Sto lat)」の大合唱で迎えられました。



アメリカの次は、6月4日チェコのプラハのRudolfinum - Dvorák Hall 。
曲目等詳細は・・わかりません!情報ありません。


そして、7月31日、スイスのヴェルビエ音楽祭に参加。
続いて、8月2日、フランスにて、La Roque d'Anthéron国際ピアノ音楽祭に参加。


その後は、8月に、ザルツブルグ音楽祭参加、コンセルトヘボウとの共演と続きます。  



***********************

このウェブサイトに引用している画像・文章等は、著作権を有する所有者に属するものがあります。
このサイト www.blechaczinfo.com 独自の著作物を引用なさる場合は、事前に サイト管理人 にご相談くださいますよう、お願い申し上げます。