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2007年10月15日月曜日

ラファウ・ブレハッチ、ベルギーリサイタルの際のインタビュー

ショパンの足跡をたどって。

(2007年9月、ベルギーのメディアRamificationsとのインタビュー)

ポーランドのピアニスト、ラファウ・ブレハッチは、20歳の時、ワルシャワの第15回ショパンコンクールで1位を獲得、加えてマズルカ・ポロネーズ・コンチェルトおよびソナタの解釈で最優秀賞を受賞した。審査員は非常に感銘を受けたので、他のコンテスタントと区別するために2位を授与しないと決めた。DGでの初録音に関し、ラファウ・ブレハッチは自然に、そして何のてらいもなく、勢いよく動き出した自らのキャリアの道標について語ってくれた。



ラファウ・ブレハッチさん、あなたはショパンと特別なストーリーがあるように思えます。
つまり、2005年にワルシャワのコンクールでショパンを演奏し優勝、今回はDGでの初めてのCDで、ショパンの録音を発案なさいましたね。

もちろん、ショパン国際コンクールは、私の人生で最も大きな出来事でした。
ショパンの音楽は私にとても近いところに存在し、私はショパンの音楽を深く愛しています。

ショパンを初めて演奏したのは11歳の時、曲はノクターンop-32でした。
ショパンの感情や性格は、とても馴染み深く感じます。
たぶん、私はショパンの中に、憂鬱な感情など、自分自身を再発見できるのだと思います。

コンクールの後も、私はショパンの演奏を続けました。私がショパンの解釈を続けることを、人々が望んでいると思えたからです。

しかし、もちろん、ショパンだけを演奏し続けるというつもりはありません!
私はハイドンやベートーベンのソナタも弾こうとしています。去年、ドルトムントの演奏会で弾いたように。


「ショパンを弾いていると心がくつろぐ。」とおっしゃっていますが、どういうことでしょう?

私はショパンの音楽を愛しており、ショパンコンクールは子供の頃の夢でした。2005年に夢が実現できて、本当に幸せでした!
これによって、世界中でもっと演奏する機会をいただきました。
人々のために演奏することも、私の夢だったのです。


コンクールでは、あなたの後に続く第2位が授与されませんでした。どう思いますか?

驚くべきことで、私にとって素晴らしい結果になったことはとても幸福なことです。
私は徹底した戦略を選んでいたので、結果は予測できませんでした。
つまり、自分のレパートリーのみに集中するため、他のコンテスタントの演奏を聴かないようにしたのです。
従って、自分がどの程度の位置づけにあるのか、全くわかりませんでした。


クリスティアン・ツィメルマンと会いましたか?

はい、今年の2月に。コンクールの直後、私が滞在していたワルシャワのホテルに素晴らしい手紙をファックスしてくださいました。
彼は私を大いに助けてくれました。というのは、私をDGに推薦してくださり、私が受けたさまざまなオファーの選択肢についても助言を与えてくれました。
どの演奏会を選ぶべきか、というような。

2月には、彼の家で再開することができました。一緒にアンサンブルをしたり、もちろんショパンと、それから、ベートーベンを弾きました。
彼の音楽に対するビジョンは熱意に満ちており、私たちは音楽に対する見方で、たくさんの共通点があると思います。





(ツィメルマンの略歴:省略)


ベートーベン、ハイドン、モーツアルトですか?

はい、おそらく、次のCDに向けて。


バッハとショパンとの間には、特別なつながりがあるとおっしゃっていましたが、どういうことなのでしょう?

ショパンはバッハをとても愛していたんです!
私は、まず、バッハの音楽から始めました。
教会でオルガンを弾いていたこともあります。
今でも可能な時には、特にミサの伴奏のために弾いています。私の第2の楽しみといえるでしょう。


あなたにとって、ショパンにおける和声と色彩との均衡は、どのようなものですか?

ショパンでは、色彩が大変重要です。コンクールの前に、私はドビュッシーの音楽をたくさん弾きました。
また、ドビュッシー、シューマン、シマノフスキーをCD録音しましたが、やはり色彩は同様にとてむ大切でした。
こうした体験はとても助けになりました。和声に関して言うなら、ショパンの場合、和声は直接ショパンの音楽の色彩に結びついています。



時間をさかのぼってショパンに会えたと想像してみてください。

ショパンはコンサートをあまり好まなかったようですが、私は大好きです!
しかし、ショパンは、何にもまして、偉大な作曲家です。
どんな風に作品に取り組んでいたのか、彼に尋ねてみたいし、彼の演奏を聴いて見たいですね。


なぜ、DGでの最初の録音にプレリュードを選んだのですか?

プレリュードは私の考えです。
まず、DGとしては1人の作曲家のみで1枚のCDを、という意向がありました。
ワルシャワのコンクールでプレリュードを6,7曲演奏したので、全曲録音したいと思ったのです。

各曲がそれぞれの特徴を持っており、私は全体をひとつの循環として、統一されたものを作りたかったのです。

クリスティアン・ツィメルマンと言えば、他にどんなピアニストからインスピレーションを得ていますか?

ルービンシュタイン、パデレフスキー、ラウル・コチャルスキーは、私をショパンの高みにいざなってくれました。
そして、クリスティアン・ツィメルマンのDGでの録音は全部持っています!

DGでの次のCDについては、どんなお考えですか?

DGとは3つのプロジェクトについての独占契約を結びました。
おそらく次のCDは、ベートーベン、ハイドン、モーツアルトの3つのソナタに捧げることになるでしょう。その次はオーケストラとの共演になるでしょう。

7月、私は、ショパンのピアノコンチェルトに関して、エッシェンバッハに会いました。
去年は、モスクワで、ゲルギエフとショパンのピアノコンチェルト第1番を演奏しました。
リハーサルは1回きりでしたが、その間彼は指揮をしながら電話で話していたんです!ちょっと不安で、かなり奇妙でしたよ。
でも、コンチェルトはとてもうまくいきました!

今年の6月にはプレトニョフと共演しましたが、彼のオケ用のバージョンで、とても興味深いものでした。
ラフマニノフやチャイコフスキーを彷彿とさせてくれました。


ロシアのレパートリーはいかがですか?

是非弾いてみたいですね!しかし、さしあたり、ベートーベンのピアノコンチェルト第4番、ドビュッシーの版画、シマノフスキーの準備をします。
アムステルダムで主題と変奏曲第3番を弾くことになっています。


音楽をする理由をどう説明しますか?

音楽は、これまでずっと、私の人生の一部でした。とても幼い頃、5歳の時から、ピアノに触れることができました。
両親は音楽家ではありませんが、父と叔父が少しばかりピアノを弾きました。しかし、課程を取るようになったのは、8歳になってからでした。


ブリュッセルにて、2007年9月13日の談話。聞き手はNoel Godts

原文はこちら

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